スコット・ウェドマン
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| 引退 | |
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| ポジション | SF |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1952年7月29日(72歳) |
| 出身地 | カンザス州ハーパー |
| 身長(現役時) | 201cm (6 ft 7 in) |
| 体重(現役時) | 97kg (214 lb) |
| キャリア情報 | |
| 出身 | コロラド大学 |
| ドラフト | 1974年 6位 |
| 選手経歴 | |
| 1974-1981 1981-1983 1983-1986 |
カンザスシティ=オマハ/カンザスシティ・キングス クリーブランド・キャバリアーズ ボストン・セルティックス |
| 受賞歴 | |
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Stats Basketball-Reference.com | |
スコット・ディーン・ウェドマン (Scott Dean Wedman, 1952年7月29日 - ) は、アメリカ合衆国の元プロバスケットボール選手。身長201cm、体重97kg。ポジションはスモールフォワード。
ウェドマンはカンザス州ハーパーで生れ、その後コロラド州デンバーに移り住んだ。進学したコロラド大学では3年間で平均16.7得点9.1リバウンドを記録し、カンファレンスのオール1stチームに2度選出された。
1974年、ウェドマンはNBAドラフト全体6位でカンザスシティ=オマハ・キングスに入団した。1年目は平均11.1得点の成績でオールルーキー1stチームに選ばれた。2年目の1975-76シーズンは平均15.5得点7.4リバウンドを記録し、チームメイトのネイト・アーチボルドとともにオールスター出場を果たした。1976年にアーチボルドがチームを去って以降はますます存在感を高めた。
1979-80シーズン、ウェドマンは自己最高の平均19.0得点をあげて2度目のオールスターに選ばれ、さらにオールディフェンシブ2ndチームにも名を連ねた。翌1980-81シーズンにはレギュラーシーズン40勝だったキングスをプレーオフのカンファレンス決勝に導いた(ヒューストン・ロケッツに1勝4敗で敗退)。シーズン終了後、ウェドマンはクリーブランド・キャバリアーズにトレードされた。キングスでプレーした7年間で平均16.5得点を記録した。
キャバリアーズでの1年目、ウェドマンは怪我で28試合を欠場した。翌1983-84シーズンは復活して平均18得点超を記録したが、シーズン半ばでボストン・セルティックスにトレードされた。
当時のセルティックスはラリー・バードやケビン・マクヘイルらを擁したリーグ屈指の強豪であった。ウェドマンは個人成績が大きく後退した代り、優れたベンチプレイヤーとしてチームに貢献し、1984年と1986年の2度リーグ制覇を経験した。1985年ファイナル第1戦では23分間の出場でスリーポイント4本を含む26得点をあげ、セルティックスを34点差での大勝に導いた。
ウェドマンは1986-87シーズン序盤にシアトル・スーパーソニックスにトレードされたがプレーすることなく現役を引退した。NBAでの成績は、906試合の出場で通算11,916得点4,355リバウンド(平均13.2得点4.8リバウンド)であった。
引退後、ウェドマンはセミプロリーグのコーチなどを務め、現在はカンザスシティで不動産業を営んでいる。