ソン (料理)
朝鮮の詰め物料理
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作り方
ソンの調理方法には、通常、蒸す方法と煮る方法がある[5]。ナス、白菜、キュウリ、カボチャなどの植物性材料に切れ目を入れ、みじん切りにした肉、魚、キノコ、卵などの副材料を具として詰め、蒸し器で蒸すか、汁(국)を注いで短時間煮るのが一般的である[5]。
オイ(キュウリ)のソン
オイソン(오이선)を作るには、まず下処理したキュウリを縦半分に切り、適当な長さ(一片の長さが4cm程度となるように[6])に切り分ける[7]。背側には斜めに切れ目を入れ、塩漬けにして下味をつける[7]。
具材には細切りにした牛肉とシイタケを用い、調味料で和えたのち炒める[7]。卵は黄身と白身に分けて薄焼きにし、シイタケと同程度の長さに細切りにする[7][6]。塩漬けしたキュウリは水気を切り、油を敷いたフライパンで軽く炒める[7]。その後、キュウリの切れ目に薄焼き卵、牛肉、シイタケを詰め、最後に甘酸っぱく調味した酢水を上からかけて供する[7]。白身の薄焼き卵1片につき、糸トウガラシを1片添える[6]。
ホバㇰ(朝鮮カボチャ)のソン
19世紀末に記された料理書『是議全書』には、'남과선(南瓜膳/ナㇺグァソン)'という名称の料理が紹介されており、その作り方は現在のホバㇰソンと同じである[5]。『是議全書』に書かれたナㇺグァソン(ホバㇰソン)の作り方は以下の通り。
어린 호박 주먹만 한 것을 쪼개어 어슷어슷하게 등으로 어여서 푹 찐 후에 황육 두드려 볶아서 또다시 곱게 다져 파 마늘 후춧가루 기름 꿀 갖추어 양념 넣어 볶아 표고느타리 석이 채 치고 실고추 계란 부쳐 채쳐 섞어 소를 어인 사이로 잘 넣고 그릇에 담은 위에 초장에 백청 타서 붓고. 고추 석이 계란 채쳐 얹고 잣가루 많이 뿌려 쓰라.[5]日本語訳
拳くらい(の大きさ)の若いカボチャを割り、背側に斜めの切れ込みを細かく入れしっかり蒸した後に、牛肉を叩いて炒め、さらに細かくみじん切りにし、ねぎ、にんにく、胡椒、油、はちみつを用意して調味料を加えて炒める。シイタケ、ヒラタケ、イワタケを細切りにし、糸トウガラシ、鶏卵を焼いて細切りにして混ぜ、具を(切れ目の)間によく詰め、器に盛り、上にチョジャン(초장/酢味噌)に白みつを溶かして注ぐ。トウガラシ、イワタケ、鶏卵の細切りを乗せ、松の実粉をたっぷり振りかけて使え。
歴史
「飲食知味方」は、慶尚道の両班の夫人だった貞夫人安東張氏(1598年 - 1680年)が記した現存最古の朝鮮料理のレシピ本である。その文中に「冬瓜膳」(동아선/トンアソン/冬瓜のソン[注釈 2])のレシピが記載されている。その製法は「刻んだ冬瓜を茹でた上で水を切り、醤油と油を混合したタレに漬ける。一度タレを捨て、生姜を利かせた新たなタレに漬ける。食べる時は酢を利かせる。冬瓜は水分が多いので、一度タレを取り換えて新たな醤油を加えなければならない」というもの。言わば「冬瓜のお浸し」であり、今日の「ソン」の製法とは微妙に異なる[1][10]。
一方で同書籍には「茄子찜」(가지찜/カジチㇺ/茄子の蒸し物)、오이찜(オイチㇺ/胡瓜の蒸し物)が紹介されている。찜(チㇺ)は蒸し物の意であり、双方のレシピは「蔕をつけたままの茄子を四つ割りにして水に漬け、アクを抜く。甘口の味噌、油、小麦粉、胡椒、山椒、酢、刻みネギを合わせたタレを付け、容器に入れて釜の中で重湯[注釈 3]にして柔らかく蒸す。胡瓜も同じ要領でよい」というものである[11]。찜(チㇺ)は現代朝鮮語で蒸し物、蒸し煮を表す語であるが、「飲食知味方」で紹介されるナスやキュウリのチㇺは本項でいうソンの製法に似ている。
それから150年ほど後、黄海道の両班の夫人である徐有本夫人李氏(1759年 - 1824年)が著した料理書『閨閤叢書 酒食篇』には「冬瓜蒸」(トングァジュン)の製法が紹介されている。「小さな冬瓜の中身をくり抜き、豚肉、牛肉、松の実、桂皮、胡椒などの薬味を練り合わせたものを詰め込む。切った蔕の部分を元に戻し、外れないように棒で突き通し、紙と藁で包み、さらに粘土を塗り付ける。強火で焼いて用いるか、水で煮てもよい。このほかの材料としてひねた胡瓜、未熟のカボチャを用いて同様の方法で作ってもよい」というもので[12]、製法は今日の「ソン」に似ている。
ソンは本来、牛肉、鶏肉、ニベ、ヒラメ、キノコなどの高級食材を用いる手の込んだ宮中料理であった[5]。1973年に国家無形遺産第38号「朝鮮王朝宮中料理 (조선왕조궁중음식) 」の技能保有者となった黄慧性によれば、ソンはもともと「よい料理(좋은 음식)」として認識されていた料理であり、朝鮮王朝の宮中の日常的な惣菜(찬품/饌品/チャンプㇺ、現在で言うパンチャン)であった[5]。黄慧性が朝鮮王朝最後の厨房尚宮である韓熙順から伝授されたソン料理には、茄子ソン、豆腐ソン、魚ソン、胡瓜ソン、丸ごと胡瓜のソン (통오이선/トンオイソン) 、ホバㇰソンなどがあったという[5]。
宮中料理は王室との婚姻、宮中に出入りする高官・官僚、あるいは退宮した宮女などを通じて民間へ伝播した[5]。慶尚道地方は、安東を中心に多くの官僚や科挙合格者を輩出した地域であり、中央政界で活動した両班たちが帰郷する際に宮中料理も地方へ伝えられたと考えられている[5]。『飲食知味方』の著者・張氏夫人の息子である李玄逸(号;葛庵)も、嶺南学派の中心人物であると同時に、吏曹判書にまで昇った官僚だった[5]。
現在の慶尚北道・尚州市で発見された、19世紀に記されたと考えられる料理書「是議全書」には、ホバㇰソン(호박선 /朝鮮カボチャのソン)の製法が記されている。ホバㇰ(朝鮮カボチャ)は内部をくり抜き、様々な香辛料を入れて蒸した上、カンジャン、蜂蜜によるタレをかける。さらに糸唐辛子、イワタケ、錦糸卵、松の実で飾り付けて提供されるもので、現代の「ソン」に製法が似ている[1]。
現在、「ソン」は「詰め物をして蒸した野菜料理」とされている[1]。しかし、1930年代の料理書には、チョンオソン(청어선 /ニシンの詰め物蒸し)、ヤンソン(양선 /牛の胃の詰め物蒸し)、テグㇰソン(태극선)、タㇽギャㇽソン (달걀선 /蒸し卵)など、動物性食品を用いた「ソン」が依然として記録されており、この時期においても「ソン」の概念はなお明確には整理されていなかったことがうかがえる[1]。1939年の料理書『朝鮮料理法(조선요리법)』には、テグㇰソン(태극선)の調理法が二種類掲載されていた[13]。一つは牛舌(우설)を具材に用いるもので、ニンジン・シイタケ・イワタケ・キュウリ・錦糸卵をニベ (민어/民魚) の切り身で巻いて蒸し、輪切りにして酢醤を添えるというものであった[13]。もう一つは牛肉を用いるもので、シイタケ・イワタケ・卵に加え、ミナリ(セリ)やモヤシを具とし、「生臭くない魚」の切り身で巻いて作ると記されていた[13]。いずれも、魚の切り身で多様な具材を巻いて蒸す料理として説明されている。