タイキエルドラド
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| タイキエルドラド | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 欧字表記 | Taiki El Dorado[1] | |||||
| 品種 | サラブレッド[1] | |||||
| 性別 | 牡[1] | |||||
| 毛色 | 栗毛[1] | |||||
| 生誕 | 1994年3月30日[1] | |||||
| 死没 | 2011年8月18日(18歳没・旧表記) | |||||
| 抹消日 | 2000年4月19日 | |||||
| 父 | Theatrical[1] | |||||
| 母 | Royal Bride[1] | |||||
| 母の父 | Blushing Groom[1] | |||||
| 生国 |
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| 生産者 | Taiki Farm[1] | |||||
| 馬主 | (有)大樹ファーム[1] | |||||
| 調教師 |
藤沢和雄(美浦)→ 坂本勝美(美浦)[1] | |||||
| 競走成績 | ||||||
| 生涯成績 | 9戦5勝[1] | |||||
| 獲得賞金 | 1億5177万2000円[1] | |||||
| ||||||
タイキエルドラド(欧字名:Taiki El Dorado、1994年3月30日-2011年8月18日)はアメリカで生産された日本の競走馬[1][2]。主な勝鞍は1997年のアルゼンチン共和国杯。
1994年3月30日にアメリカ合衆国ケンタッキー州で誕生[5]。一口馬主法人「大樹ファーム」から「ロイヤルブライドの94年産」として総額6000万円(60万×100口)で募集された[5][6]。
1997年3月1日の阪神競馬場の4歳新馬戦でデビュー。2番人気で出走しレジェンドライアンの2着に敗れるも次走の4歳新馬戦で人気に答え初優勝を飾った。4月13日に阪神競馬場で行われたアザレア賞は1番人気で押されるも3着と惜敗。6月8日の東京競馬場で行われたほうせんか賞を優勝後、洞爺湖特別・オクトーバーステークスを連勝し、重賞初挑戦であり長距離初挑戦のアルゼンチン共和国杯を優勝し4連勝を飾り、7戦5勝・2着1回・3着1回という好成績で1997年を終わった。
長期休暇明けの1998年初戦は金鯱賞に出走。サイレンススズカに大逃げされるも3着と健闘、次の目黒記念は1番人気に押されるもゴーイングスズカの2着と惜敗する。その後宝塚記念にむけ休養に入るが、前足の不安が発覚したため、ふたたび長期休養に入りそのまま回復することなく引退した[7]。9戦5勝で全てのレースで掲示板入りし、7戦で連対する結果となった[8]。
競走成績
| 競走日 | 競馬場 | 競走名 | 格 | 距離(馬場) | 頭 数 |
枠 番 |
馬 番 |
オッズ (人気) |
着順 | タイム (上り3F) |
着差 | 騎手 | 斤量 [kg] |
1着馬 (2着馬) |
馬体重 [kg] |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1997.3.1 | 阪神 | 4歳新馬 | 芝1600m(稍) | 10 | 1 | 1 | 2.2(2人) | 2着 | 1:38.5(36.4) | 0.6 | 橋本広喜 | 55 | レジェンドライアン | 494 | |
| 3.16 | 阪神 | 4歳新馬 | 芝2200m(重) | 11 | 7 | 9 | 1.7(1人) | 1着 | 2:18.7(36.7) | -0.6 | 橋本広喜 | 55 | (エイシンブリザード) | 488 | |
| 4.13 | 阪神 | アザレア賞 | 500万 | 芝2000m(良) | 9 | 3 | 3 | 1.9(1人) | 3着 | 2:02.4(37.5) | 0.1 | 橋本広喜 | 55 | ヘイセイバイヤリ | 474 |
| 6.8 | 東京 | ほうせんか賞 | 500 | 芝2000m(良) | 16 | 2 | 3 | 2.0(1人) | 1着 | 2:01.5(35.5) | -0.1 | 橋本広喜 | 55 | (ショーファイト) | 480 |
| 7.20 | 函館 | 洞爺湖特別 | 900 | 芝1800m(良) | 12 | 3 | 3 | 2.0(1人) | 1着 | 1:48.8(35.9) | -0.2 | 岡部幸雄 | 54 | (マチカネトリスタン) | 482 |
| 10.4 | 東京 | オクトーバーS | 1600 | 芝1800m(良) | 14 | 2 | 2 | 1.9(1人) | 1着 | 1:33.3(34.1) | -0.2 | 岡部幸雄 | 55 | (ピュアハート) | 490 |
| 11.1 | 東京 | AR共和国杯 | GII | 芝2500m(良) | 8 | 5 | 5 | 1.7(1人) | 1着 | 2:32.2(34.9) | -0.1 | 岡部幸雄 | 55 | (スノーエンデバー) | 490 |
| 1998.5.30 | 中京 | 金鯱賞 | GII | 芝2000m(良) | 9 | 3 | 3 | 6.2(3人) | 3着 | 1:59.8(36.3) | 2.0 | 岡部幸雄 | 58 | サイレンススズカ | 506 |
| 6.13 | 東京 | 目黒記念 | GII | 芝2500m(良) | 13 | 8 | 12 | 2.4(1人) | 2着 | 2:35.0(36.5) | 0.0 | 岡部幸雄 | 57 | ゴーイングスズカ | 500 |
引退後
2001年から北海道浦河町にある日高スタリオンステーションで種牡馬入りした。2005年に種牡馬を引退しBTC軽種馬育成調教センターの引退名馬繋養展示事業の助成を受け、功労馬として青森県十和田市の野々宮牧場で繁養されていたが、2011年8月18日に腸障害で死亡した[9][10]。