ダイナフォーマー

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欧字表記 Dynaformer
性別
ダイナフォーマー
2007年撮影
欧字表記 Dynaformer
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1985年4月1日
死没 2012年4月29日(27歳没)
Roberto
Andover Way
母の父 His Majesty
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生産者 H. Joseph Allen
馬主 Paul Lynn
調教師 D. Wayne Lukas(アメリカ)
競走成績
生涯成績 30戦7勝
獲得賞金 671,207ドル
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ダイナフォーマー (Dynaformer) はアメリカ合衆国ケンタッキー州で生産、調教された競走馬および種牡馬である。

1987年から1989年まで現役を続け、30戦7勝。1988年にジャージーダービー、ディスカバリーハンデキャップとG2競走を2勝している。また、1989年には一般競走(キーンランド競馬場12ハロン)で2分32秒06というコースレコードで優勝している。

1990年から地元ケンタッキー州のスリーチムニーズファームで種牡馬入りした。2006年ケンタッキーダービー優勝馬バーバロを筆頭に多くの活躍馬を輩出しており、2000年以降のロベルト系の中ではかなり活力のある種牡馬である。また、アメリカで繋養されているが、芝での活躍馬が多いため、特に後年はヨーロッパを主戦場とし、現地で繁殖入りする産駒も目立っている。このほか、障害競走でも、グランドナショナルハードル5連覇のマクダイナモを出している。下記の通り日本にも馴染み深い血統だが、日本ではオープン級の馬を数頭出す程度にとどまっている。

2012年4月14日に心臓に異常が見つかったため種牡馬を引退したが[1]、それから間もない4月29日に息を引き取った[2]。種牡馬引退時点で大動脈弁破裂で心臓に複数の穴が空き、すでに手の施しようがない状態だった。遺体はラーイワイルドアゲインらが眠る、スリーチムニーズファームの墓地に埋葬された。

後継としてはテンプルシティがG1競走3勝馬ミステンプルシティなどを出しており、200頭近い牝馬を集める人気種牡馬になっている。

主な産駒

母父としての主な産駒

血統表

注釈

外部リンク

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