ダンフェール=ロシュロー駅

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所在地 フランスの旗 パリ14区
北緯48度49分58.8秒 東経2度19分58.8秒 / 北緯48.833000度 東経2.333000度 / 48.833000; 2.333000座標: 北緯48度49分58.8秒 東経2度19分58.8秒 / 北緯48.833000度 東経2.333000度 / 48.833000; 2.333000
管理者 パリ交通公団(RATP)
駅構造 地上駅地下駅
開業年月日 1846年6月23日
ダンフェール=ロシュロー駅
駅舎
Denfert-Rochereau
所在地 フランスの旗 パリ14区
北緯48度49分58.8秒 東経2度19分58.8秒 / 北緯48.833000度 東経2.333000度 / 48.833000; 2.333000座標: 北緯48度49分58.8秒 東経2度19分58.8秒 / 北緯48.833000度 東経2.333000度 / 48.833000; 2.333000
管理者 パリ交通公団(RATP)
駅構造 地上駅地下駅
開業年月日 1846年6月23日
乗入路線 3 路線
所属路線 RER B線
所属路線 メトロ4号線
キロ程 ? km(ポルト・ド・クリニャンクールフランス語版起点)
ラスパイユ (? km)
所属路線 メトロ6号線
キロ程 ? km(シャルル・ド・ゴール=エトワール起点)
ラスパイユ (? km)
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ダンフェール=ロシュロー駅フランス語: Gare de Denfert-Rochereau)はフランスパリ南部の14区にあるパリ交通公団(RATP)の。かつてはパリと南郊外を結ぶソー線の起点であったが、1895年に同線がリュクサンブール駅まで延伸されてからは中間駅となった。さらには1977年RER B線が開業し同線の駅となった

当駅にはRER B線メトロ4号線6号線の合計3路線が乗り入れる。

RERの駅の起源は1846年6月23日に開業したソー線の起点駅である。当時この場所はまだパリ市外であり、フェルミエー・ジェネローの城壁の門の一つでオルレアン方面への街道の起点でもあったアンフェール(地獄)城門(Barrièr d'Enfer)のすぐ外に位置していた。このため開業時にはアンフェール駅(gare d'Enfer)あるいはアンフェール城門駅、またはソー線の起点であるためソー駅などと呼ばれていた。

開業時のソー線は軌間1750mmの広軌であり、その車両はアルノー式と呼ばれる独自の車軸転向装置を備えていた。これは転向可能な車軸に水平方向の滑車を取りつけ、前後の滑車の間に8の字型に鎖をかけることで、前方の車軸が車体に対して傾くと後方の車軸がその逆向きに同じだけ傾くようにしたものである。これにより急曲線を安定して走行することが可能になっていた。

駅の構内は最小半径25mのラケット状のループ線になっており、機関車を付けかえることなく折り返しが可能な構造になっていた。曲線の途中に単式ホーム1面1線が外側から接していた。ホームはさらに駅舎に接しており、このため駅舎は円弧状の形になっている。

1857年にソー線はパリ・オルレアン鉄道に買収された。また1860年1月1日のパリ市域の拡張で市内の駅となった。1879年には城門跡の広場が普仏戦争でのベルフォール防衛の英雄ピエール・ダンフェール=ロシュローフランス語版大佐に因んでダンフェール=ロシュロー広場フランス語版と改名され、駅の方もダンフェール=ロシュロー駅と呼ばれるようになった。

1891年にソー線のダンフェール=ロシュロー - リムールフランス語版間は標準軌改軌された。同時に構造が複雑で時代遅れとなっていたアルノー式も廃止され、ボギー台車を使用した車両に置き換えられた。ダンフェール=ロシュロー駅構内のループ線も廃止され、行き止まり式の島式ホームに置き換えられた。

1904年の絵葉書

1895年にはソー線はダンフェール=ロシュロー駅からリュクサンブール駅まで延長された。ダンフェール=ロシュロー駅のホームは広場の地下に移され、旧ホーム跡はこれ以降留置線として用いられるようになった。地上の駅舎は地下ホームへの入口としてそのまま用いられた。

1906年4月24日メトロの2号南線(現6号線)が、1909年10月30日には4号線がそれぞれダンフェール=ロシュロー駅に乗り入れた。

1930年代になると、メトロの運営会社であるパリ首都(メトロポリタン)鉄道(CMP = Compagnie du chemin de fer métropolitain de Paris、RATPの前身)は、後のRER (イル=ド=フランス)の原型である地域メトロ(métro régional)を計画した。フランス政府および関係地方自治体とCMP、パリ・オルレアン鉄道の協議により、将来ソー線を地域メトロ網に編入し、その準備として電化や信号方式の近代化、プラットホームの嵩上げなどを行うこととされた。

1937年11月16日にソー線のダンフェール=ロシュロー駅を含む区間は直流1500Vで電化された。そして1938年1月18日、パリ・オルレアン鉄道は他の鉄道会社とともに国有化されてフランス国鉄となるが、このときソー線のマッシー・パレゾー駅以北のみは国鉄に引き継がれず、CMPの路線となった。以後ソー線はメトロ各線と一体となって運営され、ダンフェール=ロシュロー駅がその接続点となった。

1977年12月9日にソー線はRER B線となった。

駅構造

RER

RER B線は当駅を境に北は地下線、南は高架線となる。相対式ホーム2面2線で、北半分はダンフェール=ロシュロー広場英語版フランス語版の地下、南半分は地上に出ている。

駅舎はダンフェール=ロシュロー広場に面した地上にあり、円弧状の独特の形状をしている。この駅舎は内装こそ改められているものの、1846年の開業当時そのままの建物を使用している。パリの主要駅の駅舎はほとんどが19世紀末から20世紀に建て直されており、開業当時の建物が現存している例は珍しい。

駅南部の東側には起点駅時代のホーム跡が残されており、留置線として用いられている。

メトロ

4号線、6号線ともダンフェール=ロシュロー広場の地下に相対式ホーム2面2線がある。6号線はRERと4号線の下の層に位置する。広場やその周辺に数ヵ所出口があるほか、地下にRERとの連絡通路、乗換改札がある。

利用状況

2014年の年間乗客数は4,332,936人であった[1]

駅周辺

隣の駅

脚注

参考文献

関連項目

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