ダン・ジェニングス

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生年月日 (1987-04-17) 1987年4月17日(38歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
210 lb =約95.3 kg
ダン・ジェニングス
Dan Jennings
シカゴ・ホワイトソックス時代
(2016年4月30日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州アラメダ郡バークレー
生年月日 (1987-04-17) 1987年4月17日(38歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
210 lb =約95.3 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2008年 MLBドラフト9巡目
初出場 2012年4月30日 アリゾナ・ダイヤモンドバックス
最終出場 2019年5月17日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ダニエル・リー・ジェニングスDaniel Lee Jennings, 1987年4月17日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州アラメダ郡バークレー出身の元プロ野球選手投手)。左投左打。愛称はDJ[1]

プロ入りとマーリンズ時代

2008年MLBドラフト9巡目(全体268位)でフロリダ・マーリンズから指名され、6月19日に契約。契約後、傘下のA-級ジェームズタウン・ジャマーズ英語版でプロデビュー。13試合に先発登板して1勝4敗、防御率3.53、62奪三振を記録した。

2009年はA級グリーンズボロ・グラスホッパーズ、A+級ジュピター・ハンマーヘッズ、AA級ジャクソンビル・サンズでプレー。A級グリーンズボロでは34試合に登板して1勝2敗、防御率2.74、54奪三振を記録した。

2010年はAA級ジャクソンビルでプレーし、37試合に登板して4勝2敗、防御率2.56、44奪三振を記録した。また、同年7月には禁止薬物の使用が発覚し、50試合の出場停止処分を受けた[2]

2011年はまずAA級ジャクソンビルでプレーし、21試合に登板して4勝1敗2セーブ、防御率3.16、29奪三振を記録した。6月にAAA級ニューオーリンズ・ゼファーズへ昇格。24試合に登板して1勝3敗2セーブ、防御率7.04、27奪三振を記録した。オフの11月18日にマーリンズとメジャー契約を結び[3]40人枠入りした。

2012年3月18日にAAA級ニューオーリンズへ配属され、開幕を迎えた。4月29日にメジャーへ昇格し[4]、30日のアリゾナ・ダイヤモンドバックス戦でメジャーデビュー。3点ビハインドの6回表から登板し、1回を無安打無失点に抑えた[5]。5月5日にAAA級ニューオーリンズへ降格[6]。5月25日に再昇格し[7]、同日のサンフランシスコ・ジャイアンツ戦でメジャー初勝利を挙げた[8]。4試合に登板したが、6月7日にオースティン・カーンズ故障者リストから復帰したため、AAA級ニューオーリンズへ降格した[9]。7月24日に再昇格し[10]、4試合に登板したが、8月3日にAAA級ニューオーリンズへ降格した[11]。9月2日に再昇格した。この年は22試合に登板して1勝0敗、防御率1.89、8奪三振を記録した。

2013年3月26日にAAA級ニューオーリンズへ配属され、開幕を迎えた。5月27日にアレックス・サナビアが故障者リスト入りしたため、メジャーへ昇格[12]。昇格後はリリーフに定着し、47試合に登板。2勝4敗、防御率3.76、38奪三振を記録した。

2014年は開幕ロースター入りし、開幕後は10試合に登板したが、5月3日にジェイコブ・ターナーが故障者リストから復帰したため、AAA級ニューオーリンズへ降格[13]。5月12日にホセ・フェルナンデスが故障者リスト入りしたため再昇格し、2試合に登板[14]。いずれの試合も無失点に抑えたが、13日にAAA級ニューオーリンズへ降格した[15]。5月24日にブラッド・ハンドが故障者リスト入りしたため、メジャーへ昇格[16]。11試合に登板し、全て無失点に抑えていたが、6月18日にAAA級ニューオーリンズへ降格[17]。6月29日にクリスチャン・イエリッチが故障者リスト入りしたため再昇格した[18]。8月7日に行われたピッツバーグ・パイレーツ戦の8回裏にジョーディー・マーサーの打球が頭部に直撃し、負傷退場となった[19]。翌8日に7日間の故障者リスト入りした[20]。その後は回復に向かい[21]、8月22日にマイナーリーグでプレーするため、15日間の故障者リストへ異動[22]。9月1日に復帰した。この年は47試合に登板して0勝2敗、防御率1.34、38奪三振を記録した。

ホワイトソックス時代

2014年12月11日にアンドレ・リエンゾとのトレードで、シカゴ・ホワイトソックスへ移籍した[23]

2015年は自己ベスト(当時)となる53試合に投げたが、防御率が大幅に悪化して3.99になった。しかし、FIPはほぼ横ばいの数字であり、WHIPは下がったなど、実際の投球内容は改善の方向にあった。

2016年、2年連続で登板機会が増えて64試合にリリーフで投げた。4勝3敗とルーキーイヤー以来の勝ち越し、メジャー初セーブを記録、防御率も2.08まで下がり、2年ぶりに復活した恰好となった。

レイズ時代

2017年7月27日にケイシー・ガレスピー英語版とのトレードで、タンパベイ・レイズへ移籍した[24]。移籍後は29試合に登板し、防御率3.44を記録した。シーズン通算では77試合登板で3勝1敗、防御率3.45とリリーフ投手として大きく台頭した1年となった。

2018年3月26日に自由契約となった[25]

ブルワーズ時代

2018年3月30日にミルウォーキー・ブルワーズと1年契約を結んだ[26]。この年は72試合(先発1試合)に登板して4勝5敗1セーブ、防御率3.22、45奪三振を記録した。オフの11月30日にFAとなった[27]

ナショナルズ時代

2019年2月16日にロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイムとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加するが、3月26日に自由契約となった[27]

その後、4月15日にワシントン・ナショナルズとマイナー契約を結んだ[27]。4月30日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[28]。5月20日にDFAとなり[29]、22日にマイナー契約を拒否してFAとなった[30]

2020年はどの球団とも契約を結ぶことができず、シーズン開幕前に現役引退を表明した[31]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2012 MIA 22000010021.0008619.01821112800541.891.52
2013 4700002401.33317140.23911620383017173.761.35
2014 4700000203.00018240.1453171038201161.341.53
2015 CWS 5300002304.40024456.15532460464028253.991.40
2016 64000043110.57125960.25712803464018142.081.40
2017 4800003107.75018544.13561941380020173.451.22
TB 2900000008---8218.118212301330773.441.64
'17計 77000031015.75026762.25383171513027243.451.34
2018 MIL 72100045111.44427164.16662311452127233.221.38
2019 WSH 800001200.333324.2817219108713.503.21
MLB:8年 39010001720246.4591512348.2341251572082811911411203.101.43

背番号

  • 43(2012年 - 2017年)
  • 38(2018年)
  • 26(2019年)

脚注

関連項目

外部リンク

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