テディ・イップ
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生い立ち
1907年に、当時オランダの植民地であったスマトラ島のメダンにて裕福な華僑の家庭に生まれ、大学時代に宗主国のオランダに留学した。1941年12月の太平洋戦争(大東亜戦争)の開戦後、1942年にスマトラ島全体が日本陸軍の占領下に入ったことを契機に、同じく日本軍の占領下に入ったイギリスの植民地であった香港に移住する。
実業家
1945年8月の日本の敗戦に伴う戦争終結後に、香港で貿易会社を起こし成功させた。さらに事業の拡大につれ、ポルトガルの植民地であったマカオでのカジノやフェリー会社の経営や、タイ王国の首都であるバンコクでのホテル経営など、他業種にその事業を広げてそのほぼ全てを成功させ、東南アジア有数の大富豪として名を馳せる様になってゆく。
その後は妻スージー・ホーの兄であるマカオのカジノ王スタンレー・ホーなどとの共同事業などを行う傍ら、自らレーシングドライバーとしてマカオグランプリなどに参戦、その後もモータースポーツの最高峰であるフォーミュラ1にチームオーナーとして参戦するなど、その活動は世界的な規模となっていった。
死去
フォーミュラ1への参戦をやめた後もF3などの下位フォーミュラへの参戦を行ったほか、地元のマカオグランプリの顔的存在となり、多くの若手ドライバーの成長の手助けをするなど活躍したが、2003年に死去した。

