テレビ朝日米子支局
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事業所所在地
沿革
- もともとは、テレビ朝日米子通信部で、当時、通信部長だった後藤俊夫が記者として、1人で鳥取県や島根県東部・隠岐をカバーし、自宅を使用していた。(島根県西部は当初から広島ホームテレビが担当していた)。
- 1989年10月1日 ANNの業務拡大に伴い、米子通信部がテレビ朝日米子支局に昇格。同時に社屋を日本生命米子ビルに移転。記者(地元出身者を中心に採用)も増員した。併せて鳥取県東部・中部地域がテレビ朝日鳥取支局として独立。なお、鳥取支局長は米子支局長が兼務する形をとっている。また、全国朝日放送株式会社(当時)は米子・鳥取の両支局を運営する子会社「有限会社エーサットサンイン」を設立した。
- 2000年10月6日 鳥取県西部地震発生。テレビ朝日米子支局だけでは人数が不足するため、テレビ朝日・朝日放送・瀬戸内海放送・広島ホームテレビに応援を要請し、必要な人数を確保。
- 2003年10月1日 全国朝日放送株式会社が有限会社エーサットサンインを吸収合併し、株式会社テレビ朝日に商号変更。
- その後、後藤俊夫支局長兼記者の定年退職に伴い、後藤龍彦記者が後任の支局長となる。
- 2005年 島根県東部・隠岐地域がテレビ朝日松江支局として独立。なお、松江支局長は米子支局長が兼務する形をとっている。

