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日吉津村

鳥取県西伯郡の村 From Wikipedia, the free encyclopedia

日吉津村[1](ひえづそん)は、鳥取県の西部に位置し三方を米子市に囲まれた村である。西伯郡に属す。1889年(明治22年)の村制施行から単独村制を維持しており[2]、2004年(平成16年)11月1日以降は県内唯一の村となった。総面積は4.20平方キロメートルで県内で一番小さな自治体である[3]。また、2024年(令和6年)現在、村では日本で4番目に面積が小さく、市町村においても6番目に面積が小さい[4]。

国 日本の旗 日本
都道府県 鳥取県
概要 ひえづそん 日吉津村, 国 ...
ひえづそん ウィキデータを編集
日吉津村
日吉津村海浜運動公園
日吉津村旗 日吉津村章
日吉津村旗 日吉津村章
1976年4月1日制定
国 日本の旗 日本
地方 中国地方(山陰地方)
都道府県 鳥取県
郡 西伯郡
市町村コード 31384-0
法人番号 3000020313840 ウィキデータを編集
面積 4.20km2
総人口 3,433人 [編集]
(推計人口、2026年8月1日)
人口密度 817人/km2
隣接自治体 米子市
村の木 クロマツ
村の花 チューリップ
日吉津村役場
村長 中田達彦
所在地 〒689-3553
鳥取県西伯郡日吉津村大字日吉津872-15
北緯35度26分25秒 東経133度22分51秒
役場庁舎位置
外部リンク 公式ウェブサイト

日吉津村位置図

■ ― 市 / ■ ― 町・村

ウィキプロジェクト
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写真中央を流れる日野川の左側が日吉津村

地理

箕蚊屋平野に位置し、北は日本海に面し、三方を米子市に囲まれている。日野川の東側に位置する平坦な田園地帯である[5][6][7][8]。

中世には「日江津」や「比江津」とする表記もあり、1571年(元亀2年)に「日吉津」と改称された[9]。

地形

大字

3か所の大字からなっている[5]。

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大字名郵便番号
今吉689-3551
富吉689-3552
日吉津689-3553
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なお、字がない住所に対しては〒689-3500が割り当てられている[10]。

隣接している自治体

広袤(こうぼう)

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北端
北緯35度27分24秒 東経133度22分28秒
↑
西端
北緯35度26分4秒 東経133度22分4秒←
日吉津村役場所在地
北緯35度26分25秒 東経133度22分50秒
東端
→北緯35度27分13秒 東経133度23分30秒
↓
南端
北緯35度25分48秒 東経133度22分48秒

歴史

文献における初出は応永26年(1419年)12月25日付の山名氏之書下写に「伯耆国会見郡日吉津村大神宮領」とあるもので、会見郡蚊屋荘に含まれる[9]。天文14年(1545年)11月7日付の豊信安堵状に「伯州相見郡蚊屋庄江津浜田」とあることから、この当時の日吉津村は日本海に隣接していたとみられる[9]。

近世になり、日吉津村今吉地域と富吉地域が開拓された[9]。農民の多くは日吉津村大神宮(日吉津伊勢宮)の神田を耕した[9]。会見郡ののち鳥取藩の領地となった[9]。枝村として海川・樽屋がある[9]。江戸時代は川越場であり、マスやサケが特産品として知られた[9]。

1889年(明治22年)の行政改正で当初は会見郡に属し、1896年(明治29年)から西伯郡の所管となった[9]。近世村日吉津村・今吉村・富吉村が合併して日吉津村が発足し、旧村名を大字とした上で、村役場は日吉津に置かれた[9]。

教育施設は、1890年(明治23年)に日吉津尋常小学校が上口東南に開校し、1902年(明治35年)のちに稲田氏邸となる地に新築移転した[9]。1949年(昭和24年)には日本パルプ工業(現在の王子製紙)米子工場敷地内に米子市日吉津村中学校組合立箕蚊屋中学校が新築されたが、中学校は1952年(昭和27年)に米子市蚊屋に移転した[9]。

沿革

  • 1889年(明治22年)10月1日 - 町村制の施行により、会見郡日吉津村、富吉村及び今吉村の区域をもって、会見郡日吉津村が発足する[5][11]。
  • 1896年(明治29年) - 郡制の施行により、会見郡及び汗入郡の区域をもって西伯郡が発足し、日吉津村は西伯郡の所属となる。
  • 1927年(昭和2年) - 1924年(大正13年)頃から箕蚊屋地域で発生した小作争議が紛糾して農民と地主側が衝突。農民組合側20人が騒擾罪の容疑で逮捕、起訴された[12]。
  • 1964年(昭和39年)4月1日 - 国道9号が開通する[5][11]。
  • 1976年(昭和51年)4月1日 - 「ヒ」を図案化した村章を制定する[13][14][5]。
  • 1979年(昭和54年)4月15日 - チューリップマラソンが初開催される[5][11]。
  • 1985年(昭和60年)8月21日 - 国道431号皆生大橋が開通する[5][11]。
  • 1988年(昭和63年)6月 - 村歌を制定する[5][11]。
  • 1989年(平成元年)
    • 2月 - 村民憲章を制定する[15]。
    • 7月30日 - 日野川まつりイカダレースが初開催される[5][11]。
    • 9月 - 村木・村花を制定する[16]。
  • 1993年(平成5年)7月11日 - 日野川河川敷運動広場が完成する[5][11]。
  • 1999年(平成11年)3月24日 - ジャスコ日吉津店(現:イオンモール日吉津)が完成する[5][11]。
  • 2003年(平成15年)12月 - 住民投票で単独村制の存続を決定。
  • 2006年(平成18年)11月2日 - 交通事故死亡ゼロの期間が10年を達成する[11]。
  • 2009年(平成21年)4月1日 - 自治基本条例を施行。
  • 2010年(平成22年)4月1日 - 福祉事務所を設置する。
  • 2012年(平成24年)6月1日 - 住民投票条例を施行。
  • 2012年(平成24年)6月 - 日吉津村立日吉津小学校グラウンドを芝生化する。
  • 2014年(平成26年)- 日野川土手に桜堤公園完成する。[17]
  • 2015年(平成27年)- 小規模保育所 2カ所開所。[18]
  • 2015年(平成27年)6月1日- 複合施設「ヴィレステひえづ」開館。[19][20][21]
  • 2016年(平成28年)9月26日 人口3,500人突破。[22][23] 
  • 2018年(平成30年)11月 蚊屋島神社が国登録有形文化財(建造物)に登録される。[24][25][26][27][28]
  • 2019年(平成31年)4月 日吉津村PR曲「ひえづのうた」・「元気もりもり体操」DVD完成。[29]
  • 2020年(令和2年)6月 樽屋北地区(市街化調整区域の商業系地区計画)完成[30]
  • 2021年(令和3年) 東京オリンピック2020 聖火リレー村内を通過。[31]
  • 2021年(令和3年)7月 中口遥選手(村出身)東京オリンピック2020出場 [32]
  • 2021年(令和3年)3月 うなばら荘閉館 [33]
  • 2022年(令和4年)5月 井藤博和選手(村出身)夏季デフリンピック出場。[34]
  • 2022年(令和4年)7月 池口いずみ選手(村出身)アジアトライアスロンジュニア/U23選手権出場 [35]
  • 2022年(令和4年)9月 複合型子育て拠点施設「ミライトひえづ」開館。[36]
  • 2022年(令和4年)10月 有田ひらり選手(村出身)全日本ゴールデンエイジカップアーチェリー大会出場。[37]
  • 2023年(令和5年)2月 日吉津村人口3,600人突破。[38]
  • 2023年(令和5年)2月 日吉津村海浜エリア活性化計画策定。[39]
  • 2023年(令和5年)4月 公立認定こども園 ひえづこども園スタート「ミライトひえづ」全面供用開始。[40]
  • 2023年(令和5年)4月 日吉津小学校創立150周年。[41]
  • 2023年(令和5年)5月 県内で初めて、海を護るごみ袋プロジェクト「護海袋(ごみぶくろ)」を作成。[42]
  • 2023年(令和5年)6月 伯州綿栽培用具18点(村民俗資料館所蔵)県指定有形民俗文化財指定。[43]
  • 2023年(令和5年)7月岸田文雄内閣総理大臣「ミライトひえづ」視察。[44]
  • 2024年(令和6年)1月 富吉北地区の都市計画決定(市街化調整区域の商業系地区計画)。[45]
  • 2024年(令和6年)4月 「人口戦略会議」において、県内で唯一「自立持続可能性自治体」とされる。[46]
  • 2024年(令和6年)6月 村議会が「日曜議会」を県内初導入。[47]
  • 2024年(令和6年)9月 地方創生支援マネージャー 着任 [48]

行政

組織

  • 村長:中田達彦(なかだ たつひこ、2019年4月27日から2期目)
    1972年(昭和47年)5月に日吉津村富吉に生まれた[49]。鳥取県立米子東高等学校を経て、1995年(平成7年)に中央大学経済学部を卒業した[49]。同年に鳥取県庁に採用され、自治大学校や南部町などへの派遣経験もある[49]。2019年(平成31年)1月に鳥取県庁を退職し、4月16日告示の日吉津村長選挙において無投票で初当選した。当選時の年齢は46歳11ヶ月で、鳥取県内の現職首長では大山町長の竹口大紀、米子市長の伊木隆司に次いで3番目に若かった。2023年(令和5年)4月18日告示の村長選挙において無投票で再選された。
  • 副村長:かつては副村長を置かない条例を制定していたが、これを廃止して2025年(令和7年)4月1日に副村長を配置した[50]。

歴代村長

村長は以下の通りである[1][51]。

さらに見る 代, 氏名 ...
代氏名就任日退任日備考
初代石原博高1889年11月1891年3月
2代中井定次郎1891年3月26日1894年3月23日
3代石原博高1894年5月15日1894年10月27日
4代中原安蔵1894年11月12日1897年5月20日
5代中原敏明1897年8月31日1901年8月30日
6代中原安蔵1901年8月30日1905年8月30日
中原安蔵1905年9月5日1909年9月4日
7代山根治平1909年9月6日1911年9月12日
8代石原以波保1911年10月1915年8月27日
石原以波保1915年10月1919年10月1日
石原以波保1919年11月17日1920年1月12日
9代中原安蔵1920年1月1924年1月23日
10代山岡信三郎1924年3月1928年3月10日
11代佐川武一1928年9月1932年6月11日
12代石原以波保1932年7月1934年3月31日
13代高塚理亀蔵1934年10月1935年12月24日
14代山根治平1936年1940年4月8日
15代山根啓一1940年4月1941年10月27日
16代石原堅明1942年1944年3月10日
17代山根啓一1944年3月24日1945年11月15日
18代石原堅明1946年4月24日1946年11月13日
19代益田安正1947年4月23日1951年4月4日
20代山内英明1951年4月26日1955年4月30日
山内英明1955年5月1日1959年4月30日
21代山崎藤治1959年5月1日1963年4月30日
山崎藤治1963年5月1日1963年11月21日
22代山根啓一1963年12月19日1967年7月6日
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  • 中井定利 - 1975年(昭和50年)に選挙を経て日吉津村長に就任[52]。1979年(昭和54年)に無投票で2選、1983年(昭和58年)に無投票で3選、1987年(昭和62年)に無投票で4選[52]。1991年(平成3年)退任[52]。
  • 益田信夫 - 1991年(平成3年)に選挙を経て日吉津村長に就任[52]。1995年(平成7年)に無投票で2選、1999年(平成11年)に無投票で3選[52]。2003年(平成15年)退任[52]。
  • 石操(いし みさお) - 2000年(平成12年)に日吉津村総務課長に就任、2001年(平成13年)に日吉津村教委教育長に就任し、2003年(平成15年)に無投票で日吉津村長に初当選[53]。就任年の2003年(平成15年)11月には米子市などとの合併の是非を問う住民投票を実施した[53]。2019年(平成31年)に村長を退任した。

子育て支援

育児支援に注力し、保育施設においては待機児童を1人も出さない体制を維持している[54]。2014年(平成26年)度は年度前に保育所の増設を行い135人を受け入れた[54]。学童保育は午後6時まで無条件に預かっており、こうした取り組みが口コミで話題となり、子育てしやすい自治体として、若年世代の日吉津村への移住の志望動機のひとつに挙げられる[54][55][56]。

日吉津村のうた

「日吉津音頭」
日吉津村青年団の提唱により制定委員会が組織され、選定委員会作詞、奥田紘史作詞の「日吉津音頭」が完成した。青年団が音頭と踊りの普及に努め、日吉津村盆踊り花火大会で踊られるようになった[57]。
「わたしのふるさと」(村民歌)
1989年(平成元年)、村制100周年記念事業において、村民歌として「わたしのふるさと」が制定された。
「ほせぇ村からこんにちは、元気モリモリ日吉津村!」
村民有志の日吉津村の愛唱歌を作りたいとの願いから、日吉津村教育委員会が「ひえづのうた制作委員会」を設け、歌詞を公募し制定委員会が作詞し、松田和博の作曲により2017年(平成29年)に完成した。原曲のロックバージョンにテクノ調とジャズの2つのバージョンを加え、メロディーが村内の時報や公共施設の電話の保留音に利用されている。

イメージキャラクター

1989年(平成元年)に、村制100周年記念事業の一環として公募により誕生した[58]。後に名前も公募し、「リップちゃん」に決定した[59]。村の花・チューリップをモチーフとしていて、語尾に「~リプ」がつく。2013年(平成25年)には友だちの「ムラッキー」が仲間に加わった。

ひえづ113チャンネル

ひえづ113チャンネルは、日吉津村が運営するCATV[60]。日吉津村の行事や、学童施設、福祉施設の取材などを手掛けている。2000年(平成12年)にスタートしたチャンネルであり、行政が運営するCATVとしては、鳥取県西部で最初に設営したチャンネルである[61]。放送時間は午前6時から午後12時まで、放送番組は1週間に1回更新。

議会

村議会

  • 村議会:議員定数10人(任期:2027年4月29日まで)
    • 議長:山路有
    • 副議長:前田昇

公共施設

役所

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施設名画像備考
日吉津村役場
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警察

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施設名備考
日吉津駐在所米子警察署が管轄する
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消防

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施設名備考
日吉津村消防団[62]村内には常設消防施設は無く、鳥取県西部広域行政管理組合 米子消防署の管轄となる。
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図書館

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施設名備考
日吉津村図書館施設はヴィレステひえづ内に存在する
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医療機関

クリニック

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施設名診療科目備考
おおやま内科クリニック内科・肝臓内科・消化内科・緩和ケア科
サクラギクリニック内科・糖尿病・代謝内科・美容皮膚科・予防接種・健診
ひがみ耳鼻いんこう科・いびき睡眠クリニック耳鼻咽喉科・いびき・睡眠時無呼吸症候群を主とした睡眠障害
井上歯科クリニック歯科
くろせ歯科医院 歯科
九里クリニック心療内科
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薬局

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施設名備考
ヒエズ調剤薬局
とみよし調剤薬局
うなばら薬局
イオン薬局東館1F 食品売り場入口横にある。
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その他の施設

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施設名備考
日吉津村民俗資料館[63]1980年(昭和55年)開館。2022年(令和4年)9月に複合型子育て拠点施設「ミライトひえづ」内に、こども園、児童館、子育て支援センター、ファミリーサポートセンターとともに複合化され、展示・交流室と陶芸・倉庫棟の2カ所で資料の展示と収蔵保管をしている。
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郵便局

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施設名備考
日吉津郵便局
日吉津下口簡易郵便局
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産業

イオンモール日吉津

商業

イオンモール日吉津
鳥取県西部で唯一の映画館を併設し、岡山県や島根県からも客を集める[54]。村民雇用を生み出したほか、ふるさと納税の寄付金額によってイオンの商品券を提供する全国唯一の自治体として話題になり、寄付金額が急増するなど、出店による日吉津村への経済効果は絶大となった[54]。また、日本で唯一村に所在する無印良品の常設店舗がある。
カインズ日吉津店
2025年(令和7年)3月12日にオープンしたホームセンター。東部にはカインズFC鳥取店があり、西部地区としては初オープンとなる。
ケーズデンキ日吉津店
2020年(令和2年)6月26日にオープンした家電量販店。ビッグ・エスのフランチャイズ店舗。
新鮮市場
ひえづマルシェ
詳細はひえづマルシェ
2026年2月14日にオープンしたアンテナショップ。村内の会社の商品を取り扱っている。
JA鳥取西部ふれあい村アスパル
ラ・ムー日吉津店
2024年(令和6年)11月28日にオープンしたディスカウントスーパー。国道431号付近の区域を商業区域に変えた際に誘致された店舗である[64]

農業

工業

住所は米子市吉岡だが、敷地の大部分は日吉津村にある。

産業人口

2000年(平成12年)時点の産業人口は、第一次産業が200人(12.3%)、第二次産業が454人(27.8%)、第三次産業が982人(59.9%)であった。 その後2020年(令和2年)には第一次産業が126人(6.9%)、第二次産業が389人(21.5%)、第三次産業が1,244人(68.6%)となり、第三次産業の就業人口及び割合が高まっている[65]。

地域活動

Potato Kids

Potato Kids(ポテトキッズ)は、日吉津村の未就学児から中学生までの子どもとその保護者によるボランティアグループ。2022年(令和4年)4月に活動開始。子どもの居場所、みんなの居場所づくりを目指す[66]。2024年(令和6年)4月には子ども食堂であるポテト食堂の運営を開始[67]。

農業スクール「糸」

人口

1920年(大正9年)の人口は1000人台であったが、その後は人口は右肩上がりに増え続け、2001年(平成13年)には人口が3000人を超えた[5][68]。

人口減少が進む鳥取県にあって、2015年(平成27年)国勢調査でも人口が10年前に比べ12パーセント近く増えた。フィンランド発祥の「ネウボラ」という制度を採り入れ、妊娠から子育て中にかけて、保健師の訪問や小学校就学時の教材費支給などで手厚く支援する取り組みが奏功して、転入や出産が多いためである[69]。2025年(令和7年)においても鳥取県で唯一、人口が増加している自治体である[70]。

日吉津村は米子市に三方を囲まれているため、米子市のベッドタウン(米子都市圏)となっていて、人口増加は米子市のドーナツ化現象によるところも大きいとされる[71]。

日吉津村と全国の年齢別人口分布(2005年) 日吉津村の年齢・男女別人口分布(2005年)
■紫色 ― 日吉津村
■緑色 ― 日本全国
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性
日吉津村(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年) 2,259人
1975年(昭和50年) 2,342人
1980年(昭和55年) 2,552人
1985年(昭和60年) 2,799人
1990年(平成2年) 2,830人
1995年(平成7年) 2,760人
2000年(平成12年) 2,971人
2005年(平成17年) 3,073人
2010年(平成22年) 3,339人
2015年(平成27年) 3,439人
2020年(令和2年) 3,501人
総務省統計局 国勢調査より

教育

小学校

日吉津村立日吉津小学校校門前
  • 日吉津村立日吉津小学校

中学校

  • 米子市立箕蚊屋中学校 - 米子市下新印に所在し、米子市と日吉津村の生徒が通う。日吉津村は村内に中学校を設置していない。長らく、米子市との一部事務組合「米子市日吉津村中学校組合」が設立する学校だったが、2026年4月に米子市に移管され、日吉津村から米子市に中学校事務を委託する形となった。

交通

鉄道

鉄道路線は通っていない。最寄駅はJR西日本山陰本線・伯備線 伯耆大山駅である。ただし、王子製紙米子工場へ通じる貨物専用線が村内の一部を通っている。

バス路線

一般路線バス
  • 日本交通(日交バス)・日ノ丸自動車(日ノ丸バス)2社共同運行
    • 米子駅 - 東町 - 市役所前 - 高島屋・公会堂前 - 日ノ出町 - 天満屋前 - 上福原 - 皆生温泉観光センター - 労災病院 - イオン西館 - イオン東館
    • 米子駅 - 東町 - 市役所前 - 高島屋・公会堂前 - 日ノ出町 - 天満屋前 - 上福原 - 皆生温泉観光センター - 労災病院 - イオン西館 - イオン東館 - 日吉津村役場 - 伯耆大山駅 - 米子医療センター - 日ノ出町 - 高島屋・公会堂前 - 市役所前 - 東町 - 米子駅
      • 日ノ丸バスは右回り(文末方向)、日交バスは左回り(文頭方向)で運行。
  • 日本交通(日交バス)
    • 米子駅 - 東町 - 市役所前 - 高島屋・公会堂前 - 日ノ出町 - 米子医療センター - 伯耆大山北口 - 美濃 - 尾高 - 米子ハイツ入口 - 赤松 - 槙原駐車場 - 大山寺
    • 米子駅 - 東町 - 市役所前 - 高島屋・公会堂前 - 日ノ出町 - 米子医療センター - 日吉津 - 淀江シルバーセンター前 - 今津
    • 米子駅 - 東町 - 市役所前 - 高島屋・公会堂前 - 日ノ出町 - 米子医療センター - 伯耆大山北口 - 美濃 - 淀江シルバーセンター前 - 名和駅前 - 御来屋駅東口 - 前谷 - 下市入口

道路

イオンモール日吉津前にある国道431号
日吉津で撮影
一般国道
市町村内を走る一般国道
国道9号(村南部の200〜300mの区間のみ)
国道431号
都道府県道
市町村内を走る県道
鳥取県道262号日吉津伯耆大山停車場線
村道
小字名に由来した名前がついた村道がある。詳しくはこちら。

電話

市外局番は、0859となっている[72]。

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

寺社・旧跡

  • 蚊屋島神社 - 寝殿造りの古い社殿。神紋が、九州と出雲の統合を象徴しているという説もある。
  • さいの神 - 日吉津688番地、富吉1081番地にある石碑。村指定記念物[73][74]
  • 須山萬の墓碑 - 幕末に討幕計画に関与したとして斬首された医家・須山家の墓所[75]。村指定保護文化財。
  • 羽倉地蔵 - 尼子十勇士の1人である羽倉孫兵衛元陰を偲ぶ碑。富吉1018番地にある村指定文化財[76]。
  • 御新田開発碑 - 植田彦三郎により1845年(弘化2年)から10年以上かけて開発され、1857年(安政4年)に「今吉村」誕生につながった[77]。今吉275番地にあり、村指定文化財。
  • はぜの木 - 江戸時代末期、蝋の需要増加に伴い、櫨の栽培が奨励された[78]。1852年(嘉永5年)の触書で栽培技術の指導や監督役(植物方下見回り)が指名され、山裾や原野や川の土手などに植樹された[78]。富吉702番地先などに数本現存するはぜの木が、村指定記念物に指定されている[78]。
  • 元荒神 - 富吉340番地2のあたりで「古屋敷」の地名で呼ばれる地点にある、村指定記念物[79]。1703年(元禄16年)に発生した日野川の大洪水でこの一帯の集落が流された故地で、離散した人々は現在の富吉や米子市に移住した[79]。

観光スポット

  • チューリップ畑 - ホレコ川付近の富吉南線道路[80]に存在する。
  • 日吉津海岸 - 遊泳禁止。
  • 海浜運動公園・キャンプ場
  • 日吉津温泉(旧うなばら荘)- 2022年3月29日に閉館し、R Act Holdingに譲渡された。[81][82]
  • 桜堤 - 日野川右岸土手沿い

祭事・催事

  • 日野川まつりイカダレース - 休止
  • チューリップマラソン[83] - 毎年4月に開催される日吉津村を舞台としたマラソン。コース長は1km、3km、5km、10kmがある。
  • 24時間リレーマラソン - 休止
  • 日吉津村盆踊り花火大会 - 毎年8月に開催される花火大会。日吉津音頭やかんど踊りを踊る。

出身人物

政治

学術

士業

スポーツ

芸能

文化

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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