ディーン・ソーンダース
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| 名前 | ||||||
| 本名 |
ディーン・ニコラス・ソーンダース Dean Nicholas Saunders | |||||
| カタカナ | ディーン・ソーンダース | |||||
| ラテン文字 | Dean SAUNDERS | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1964年6月21日(61歳) | |||||
| 出身地 | スウォンジー | |||||
| 身長 | 173cm | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | FW (CF) | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| 1980-1982 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1982-1985 |
| 49 | (12) | |||
| 1985 |
→ | 4 | (0) | |||
| 1985-1987 |
| 72 | (21) | |||
| 1987-1988 |
| 59 | (22) | |||
| 1988-1991 |
| 106 | (42) | |||
| 1991-1992 |
| 42 | (11) | |||
| 1992-1995 |
| 112 | (37) | |||
| 1995-1996 |
| 27 | (15) | |||
| 1996-1997 |
| 43 | (5) | |||
| 1998-1999 |
| 17 | (5) | |||
| 1999-2001 |
| 44 | (3) | |||
| 1982-2001 | 通算 | 618 | (190) | |||
| 代表歴 | ||||||
| 1986-2001 |
| 75 | (22) | |||
| 監督歴 | ||||||
| 2008-2011 |
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| 2011-2013 |
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| 2013 |
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| 2014-2015 |
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| 2015 |
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1. 国内リーグ戦に限る。2017年1月19日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
ディーン・ニコラス・ソーンダース(Dean Nicholas Saunders, 1964年6月21日 - )は、ウェールズ・スウォンジー出身の元同国代表サッカー選手、現サッカー指導者。現役時代のポジションはFW。
選手時代
ソーンダースは1980年に父親のロイ・ソーンダースがコーチを務めるスウォンジー・シティAFCで選手経歴を開始した。複数のクラブを渡り歩いた後の1988年にイングランドのダービー・カウンティFCへ移籍すると、1988-89シーズンのリーグ戦で14得点をあげる活躍を見せ、リーグ戦5位に貢献した。なお、この記録は1976年のリーグ優勝以来の好成績であった。
1990-91シーズンに2部リーグへの降格が決まると、1991ー92シーズン、のリヴァプールFCへ移籍。リヴァプールではグレアム・スーネス監督の下でイアン・ラッシュとのコンビで活躍し、FAカップ優勝に貢献した。また同シーズンのUEFAカップでは1stラウンドのFCクーシュシ戦で4ゴール、ラウンド16のチロル戦でハットトリックを決めた[1]。翌1992年からはアストン・ヴィラFCへ移籍し、同シーズン第9節のリヴァプール戦では2ゴール、第23節のリヴァプール戦でもゴールを決めて勝利した[2]。1994年のフットボールリーグカップ決勝、マンチェスター・ユナイテッドFC戦では自身が2得点を挙げる活躍で3-1で下し優勝に貢献した[2]。
その後はトルコのガラタサライSKやポルトガルのSLベンフィカなどのクラブを渡り歩き、1999年からはブラッドフォード・シティAFCへ移籍、2001年に現役を引退した。
ウェールズ代表としては、1986年のアイルランド戦で代表デビュー。代表ではFWのラッシュ、マーク・ヒューズ、GKのネヴィル・サウスオール、1990年代にはライアン・ギグスらと共にプレーをしたが、FIFAワールドカップやUEFA欧州選手権への出場は叶わなかった。ソーンダースは2001年3月28日のウクライナ戦で代表から退くまで国際Aマッチ75試合に出場し22得点を記録した。
引退後
引退後は指導者の道へ進み、2004年からはニューカッスル・ユナイテッドFCのグレアム・スーネス監督の下でストライカーコーチを務めたが、2006年2月2日に成績不振によりスーネスが解任されると、ソーンダースもクラブを退団。2007年6月からはウェールズ代表のジョン・トシャック監督のアシスタントコーチに就任。2008年10月2日、カンファレンス・ナショナル(5部リーグに相当)のレクサムFCの監督に就任した。なお、ウェールズ代表での職務と兼任することとなっている[3]。2011年に退任し、ドンカスター・ローヴァーズFCの監督に就任した。
2013年1月7日、解任されたストーレ・ソルバッケン監督の後任として、ウルヴァーハンプトン・ワンダラーズFCに引き抜かれた。
クローリー・タウンFCでの指揮を経て、2015年5月から半年間チェスターフィールドFCの監督を務めた[4]。