ヴィム・キーフト
From Wikipedia, the free encyclopedia
| ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
|
1981年のキーフト | ||||||
| 名前 | ||||||
| 本名 |
ヴィレム・コルネリス・ニコラース・キーフト Willem Cornelis Nicolaas Kieft | |||||
| ラテン文字 | Wim Kieft | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
| |||||
| 生年月日 | 1962年11月12日(62歳) | |||||
| 出身地 | アムステルダム | |||||
| 身長 | 190cm | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | FW (CF) | |||||
| ユース | ||||||
|
| ||||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1979-1983 |
| 96 | (69) | |||
| 1983-1986 |
| 91 | (25) | |||
| 1986-1987 |
| 19 | (8) | |||
| 1987-1990 |
| 82 | (55) | |||
| 1990-1991 |
| 26 | (3) | |||
| 1991-1994 |
| 88 | (34) | |||
| 通算 | 402 | (194) | ||||
| 代表歴 | ||||||
| 1981-1993 |
| 43 | (11) | |||
|
1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
ヴィム・キーフト(Wim Kieft、1962年11月12日 - )は、オランダ出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはFW。
地元アムステルダムに本拠地を置くアヤックスにてプロデビューすると、所属していた4年間で3度のリーグ優勝を経験した。1982年8月には、19歳9ヶ月16日(最年少記録)でリーグ戦50得点をマークした[2]。10代で50得点を記録したのはキーフトただひとりである。自身も1981-82シーズンにはエールディヴィジの得点王となり、ヨーロッパ・ゴールデンシューにも選ばれている。1983年にセリエAに昇格したばかりのピサへと移籍するも、すぐにセリエBへと降格した。1984-85シーズンは15ゴールを決め、1985-86シーズンに再びクラブをセリエAに昇格させ、同年にトリノへと移籍した。翌年、PSVに移籍し、一年間のボルドー移籍を挟んでPSVでプレー、1987-88シーズン、チャンピオンズカップ決勝のベンフィカ戦では延長PK戦で2番手のキッカーとしてPKを成功させ[3]、優勝を果たしたが、同年のインターコンチネンタルカップ、ナショナル戦では延長PK戦でPKを失敗した一人となり、チームは敗れた[4]。1994年に現役を引退した。
オランダ代表としては1982年3月23日のスコットランド戦で代表初ゴールを決めた[5]。UEFA欧州選手権1988では3試合に出場、グループリーグのイングランド戦でファンバステンのゴールをアシスト、アイルランド戦で1ゴールを決めた[5]。決勝では出場機会を得られなかったが、優勝を果たした。1990 FIFAワールドカップでは途中出場などで4試合に出場グループリーグ初戦のエジプト戦で1ゴール[5]、第3戦のアイルランド戦ではフリットのゴールをアシストするなど、決勝トーナメント進出に貢献した[5]。UEFA EURO '92にも招集され、準決勝のデンマーク戦に途中出場した[5]。1993年9月22日、ワールドカップ予選のサンマリノ戦で代表では最後の出場を果たした。43試合11ゴールの成績を残した。
2009年8月、古巣PSVアイントホーフェンのリザーブチームのコーチに就任した[6]。