トムラウシ山
北海道美瑛町と新得町にまたがる山
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概要
約30万年前から後期更新世に活動した火山で、山頂付近の溶岩は完新世に噴出した可能性が指摘されている[5]。山頂には南西開きの直径約200 mの火口のほか、周辺には複数の溶岩ドームや噴火口がある。麓の新得町側にはトムラウシ温泉がある。
「トムラウシ」とは、アイヌ語の「トㇺラ・ウㇱ・イ」(緑色の藻の一種が群生するところ)に由来するとされ、本来はこの山を源流とするトムラウシ川を指した地名である[6]。国土地理院の一等三角点の名称は「富良牛山」と記されている[1]が、これは「トムラウシ」に当て字したものである。
奥深い山である故に、広大な花畑や湖沼などの大自然が荒らされることなく残っている。山の上部は森林限界のハイマツ帯で、池塘や沼が点在し高山植物が群生している箇所がある。山腹北面の溶岩台地には大きな岩が積み重なった「ロックガーデン」と呼ばれる一帯があり、ナキウサギの生息地になっている。ロックガーデンの北側も岩が点在する一帯で「日本庭園」と呼ばれており、チングルマやエゾノツガザクラなどの高山植物が見られる。山頂の直下には北側に北沼、南西部に南沼があり、イワヒゲ、エゾコザクラ、コマクサなどの高山植物が見られる。南沼から南に下っていくと「トムラウシ公園」と呼ばれる一帯があり、エゾノハクサンイチゲなどの高山植物が見られる。山域は1934年(昭和5年)に大雪山国立公園の特別保護地区に指定された[7]。
登山


1926年(大正15年)5月に、北海道大学山岳部のパーティーが積雪期の初登頂をした[8]。
登山ルートは、新得町のトムラウシ温泉から、東川町の天人峡温泉から、北より白雲岳・忠別岳を経てくる縦走路などがあるが、奥深い山であるため、最短ルートであるトムラウシ温泉短縮登山口からのコースを用いても山頂まで往復8時間半ほどかかり[9]、山小屋などの設備も少ない。その上、天候が崩れると夏でも体感温度が氷点下まで下がることがあり[9]、これによる気象遭難事故もたびたび起きている。
周辺の施設
登山道周辺には、避難小屋とキャンプ指定地がある[10]。最寄りの山小屋は、無人のヒサゴ沼避難小屋で、南のトムラウシ温泉には国民宿舎東大雪荘がある。
| 名称 | 所在地 | 標高 (m) |
トムラウシ山からの 方角と距離 (km) |
収容 人数 |
キャンプ 指定地 |
備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 白雲岳避難小屋 | 白雲岳の南東の肩 | 1,990 | 60 |
テント80張 | 夏期のみ管理人常駐 | |
| 忠別岳避難小屋 | 忠別岳と五色岳の中間点東 | 1,620 | 30 |
テント15張 | 無人 | |
| ヒサゴ沼避難小屋 | ヒサゴ沼畔 | 1,600 | 30 |
テント30張 | 無人 | |
| 南沼キャンプ指定地 | 山頂南西直下 | 1,950 | テント20張 | |||
| 国民宿舎東大雪荘 | トムラウシ温泉 | 650 | 118 |
通年営業、登山口 | ||
| トムラウシ自然休養林野営場 | 東大雪荘の西 | 680 | テント150張 |
遭難事故
夏場でも3件の死亡事故例が報告されている。
- 2002年7月11日、4名と8名のパーティー2組が台風6号による暴風雨で遭難。山中に足止めされ、2日後に救出されたものの、2名の女性が脳梗塞と低体温症で死亡した。事故を発生させたガイドは業務上過失致死で起訴され、2004年10月5日に旭川地方裁判所はガイドに対し、禁固8か月(執行猶予3年)の判決を下した[11]。詳しくはトムラウシ山遭難事故 (2002年) を参照。
- 2009年7月16日、中高年のグループ18人(うちガイド3人)が天候急変による低体温症で遭難し、ガイド1人や他の単独登山者1人と合わせて9名が死亡する遭難事故が発生した[12]。詳しくはトムラウシ山遭難事故を参照。
- 2015年7月8日、単独で登山していた68歳男性が北沼付近で倒れているのが発見され、収容後に死亡が確認された。凍死とみられている[13]。
地理
ギャラリー
- 美瑛町から望むトムラウシ山
- 北沼とトムラウシ山
- 山頂から望む北沼と大雪山
- ロックガーデン
- トムラウシ公園と右奥に十勝岳連峰
- 石狩岳からのトムラウシ山と沼ノ原
- ニペソツ山からのトムラウシ山

