トム・ゴーゼラニー

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生年月日 (1982-07-12) 1982年7月12日(43歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
210 lb =約95.3 kg
トム・ゴーゼラニー
Tom Gorzelanny
ナショナルズ時代
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 イリノイ州クック郡エバーグリーンパーク英語版
生年月日 (1982-07-12) 1982年7月12日(43歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
210 lb =約95.3 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2003年 MLBドラフト2巡目(全体45位)でピッツバーグ・パイレーツから指名
初出場 2005年9月20日 ヒューストン・アストロズ
最終出場 2016年7月3日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

トーマス・スティーブン・ゴーゼラニーThomas Stephen Gorzelanny, 1982年7月12日 - )は、アメリカ合衆国イリノイ州クック郡エバーグリーンパーク英語版出身の元プロ野球選手投手)。左投左打。

プロ入り前

2000年MLBドラフト38巡目(全体1132位)でシカゴ・ホワイトソックスから指名を受けたが、入団せずにカンザス大学へ進学した。

プロ入りとパイレーツ時代

トリトン・カレッジ英語版在学時の2003年MLBドラフト2巡目(全体45位)でピッツバーグ・パイレーツから指名され、77万5000ドルの契約金で入団[1]

2005年9月20日ヒューストン・アストロズ戦でメジャーデビュー。

メジャー3年目の2007年には32試合に先発して14勝6敗、防御率3.88を記録したが、翌2008年は防御率6点台と不振に陥り、その後も目立った成績は残せなかった。

カブス時代

2009年7月30日ケビン・ハート英語版ホセ・アスカニオジョシュ・ハリソンの計3選手とのトレードで、ジョン・グラボウと共にシカゴ・カブスへ移籍した[2]

2010年カルロス・ザンブラーノの代役で先発を任されることが多かった。オフにはカブスがマット・ガーザを獲得したことでトレード要員になった。

ナショナルズ時代

2011年1月19日に若手3選手との交換で、ワシントン・ナショナルズへ移籍した[3]。移籍1年目は5月に肘を痛めて故障者リストに入り[4]、後半戦はブルペンに回された。

2012年は主にロングリリーフとして起用され、防御率2点台と結果を出した。しかし、リリーフとしては割高な年俸がネックとなり、シーズン終了後にノンテンダーFAとなった[5]

ブルワーズ時代

2012年12月21日ミルウォーキー・ブルワーズと総額570万ドルの2年契約[6]を結んだ[7][8]

2013年は43試合に登板し、3勝6敗・防御率3.90だった。9月3日にから左肩の故障で離脱し、オフの12月7日に左肩の手術を行った。

2014年3月30日に前年の手術の影響で15日間の故障者リスト入りし[9]6月14日に復帰[10]。この年は23試合に登板し、0勝0敗・防御率0.86だった。オフの10月30日にFAとなった。

タイガース時代

2015年1月6日デトロイト・タイガースと100万ドルの1年契約を結んだ[11][12]。30試合に登板して防御率6点台と不振で、7月3日DFAとなった[13]。8日にAAA級トレド・マッドヘンズに異動した[14]。その後、8月9日に昇格し、再びメジャー契約を結んだ。最終的には自己最多の48試合に登板し、通算300試合登板を達成したが、復帰後もそれほど調子が上がる事なく防御率5.95でシーズンを終えた。オフの11月2日にFAとなった[15]

インディアンス時代

2015年12月21日クリーブランド・インディアンスとマイナー契約を結び、2016年スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[16]

2016年は開幕から傘下のAAA級コロンバス・クリッパーズでプレー。6月1日マーロン・バードの出場停止に伴って40人枠が空いたため、メジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[17]7月4日にDFAとなった[18]後、8日に40人枠を外れる形でAAA級コロンバスへ配属されたが、翌9日にFAとなった[19]

オリオールズ傘下時代

2016年7月24日ボルチモア・オリオールズとマイナー契約を結んだ。傘下のAAA級ノーフォーク・タイズで7試合に登板したが、8月13日に自由契約となった[19]

メッツ傘下時代

2017年2月15日ニューヨーク・メッツとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[19]。この年はマイナー3球団で計9試合に出場して、1セーブ、防御率7.04を記録した。オフの11月6日にFAとなった。

現役引退後

2019年アイオワ大学の投手コーチに就任し[20]2022年途中まで務めた。

2022年にアリゾナ・ダイヤモンドバックス組織に入り、傘下ルーキー級ACLダイヤモンドバックス英語版の投手コーチに就任[21]2023年には傘下AA級アマリロ・ソッドプードルズの投手コーチとなり、2024年まで務めた。

2025年からはマイナー巡回のリハビリ投手コーディネーターを務める[22]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2005 PIT 310000100.000326.01013003008812.002.17
2006 11110002500.28626761.25033124403029263.791.31
2007 3232110141000.583874201.221418683111355190873.881.40
2008 21210006900.400490105.1120207001675179786.661.80
2009 900003101.750368.260400700555.191.15
CHC 1370004201.66716838.13961301401025245.631.36
'09計 2270007302.70020447.04561701471030295.551.32
2010 29230007911.438604136.11361168421190070624.091.50
2011 WSH 30150004604.400447105.0102153356955150474.031.29
2012 4510004219.66730672.06573012624027232.881.32
2013 MIL 43100003606.33335685.177113112832041373.901.27
2014 2300000000----9521.02218022300320.861.43
2015 DET 4800002202.50018139.14542322361028265.951.73
2016 CLE 7000010011.000183.0415104007721.003.00
MLB:12年 3141211105052225.4903874883.28909838719337142634624324.401.45

背番号

  • 61(2005年)
  • 50(2006年)
  • 24(2007年 - 2009年途中)
  • 22(2009年途中 - 同年終了)
  • 32(2010年 - 2015年)
  • 33(2016年)

脚注

関連項目

外部リンク

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