トラック・ロビンソン
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| 引退 | |
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| ポジション | PF |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1951年10月4日(73歳) |
| 出身地 | フロリダ州ジャクソンビル |
| 身長(現役時) | 201cm (6 ft 7 in) |
| 体重(現役時) | 102kg (225 lb) |
| キャリア情報 | |
| 出身 | テネシー州立大学 |
| ドラフト | 1974年 22位 |
| 選手経歴 | |
| 1974-1977 1977 1977-1979 1979-1982 1982-1985 |
ワシントン・ブレッツ アトランタ・ホークス ニューオーリンズ・ジャズ フェニックス・サンズ ニューヨーク・ニックス |
| 指導者経歴 | |
| 2009-2012 | サクラメント・キングス (AC) |
| 受賞歴 | |
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Stats Basketball-Reference.com | |
レナード・ユージーン・"トラック"・ロビンソン (Leonard Eugene "Truck" Robinson, 1951年10月4日 - ) は、アメリカ合衆国の元プロバスケットボール選手、指導者。身長201cm、体重102kg。ポジションはパワーフォワード。1977-78シーズンにリバウンド王を獲得した。
フロリダ州ジャクソンビルで生れたロビンソンは、テネシー州立大学在学時の1973年にチームをNCAAディビジョンⅡトーナメント優勝に導いた。卒業後1974年のNBAドラフト全体22位でワシントン・ブレッツに入団した。ルーキーイヤーはエルヴィン・ヘイズの控えとして平均5.8得点を記録した。この年ブレッツはファイナルに進出したがゴールデンステート・ウォリアーズに敗れた。2年目はプレータイムを倍増させ、平均得点を2桁に乗せた。
3年目の1976-77シーズン途中、ロビンソンはアトランタ・ホークスにトレードされた。ホークスではエースを任され、平均20得点10リバウンド以上を稼ぎ出すリーグ屈指のパワーフォワードへと成長を遂げた。シーズン終了後、ロビンソンはフリーエージェントとしてニューオーリンズ・ジャズと契約した。ジャズで迎えた1977-78シーズンにロビンソンは絶頂期を迎え、いずれもキャリアハイとなる平均22.7得点15.7リバウンドを記録してリバウンド王に輝いた。また平均出場時間44.4分はリーグ1位の数字であった。この年には自身初のオールスター選出を果たし、オールNBA1stチームにも名を連ねた。
ロビンソンは翌1978-79シーズンも平均24得点13リバウンド超の好成績を残していたが、シーズン半ばでフェニックス・サンズにトレードで移籍した。サンズではジャズ時代に比較して個人成績は下がったが、チームの大黒柱として存在感を見せた。ロビンソンやウォルター・デイヴィス、ポール・ウェストファルらを擁したサンズは1979年から3年連続で50勝を記録した。特に1980-81シーズンには当時のフランチャイズ記録となる57勝をあげ、自身も平均18.8得点を記録したロビンソンは2度目のオールスターに選ばれた。
ロビンソンは1982年にニューヨーク・ニックスに移籍し、3シーズンプレーした後現役を引退した。NBAでの成績は772試合に出場して通算11,988得点7,267リバウンド(平均15.5得点9.4リバウンド)であった。
引退後、ロビンソンは2009年から2012年まで、サクラメント・キングスのアシスタントコーチを務めた。