トロイア戦記

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トロイア戦記』(トロイアせんき、古代ギリシア語: τὰ μεθ᾿ Ὅμηρον, ラテン文字転写:tà meth᾿ Hómēron(タ・メトメーロス、ホメーロス後の事々), ラテン語: Posthomerica)は、古代ギリシア詩人スミュルナのコイントスラテン語名クイントゥス)による紀元3世紀、または紀元4世紀後半頃の長編叙事詩[注釈 1]。『イーリアス』の最後の場面であるヘクトールの死から始まり、イーリオス陥落とギリシア勢の離散までのトロイア戦争の最終場面を描く。全14巻で8800行近くあり、『イーリアス』の半分強の長さである[1]

Posthomerica, 1541年

概略

クイントゥスの執筆目的は、叙事詩環の他の作品と同じように、二つのホメーロスの叙事詩の間の隙間をきちんと埋めることにあるのは明らかである[1]

最初の4巻は『アイティオピス』と同じ期間を描いている。ヘクトールの葬儀後に始まり、アマゾーンの女王ペンテシレイアエーオースの子メムノーンアキレウスらの武勇と死ののち、アキレウス追悼の競技会が行われる。

第5巻から12巻までは、『小イーリアス』と同じ期間を描いている。アキレウスの遺品の武具を巡って大アイアースオデュッセウスが争い、敗北後にアイアースは自殺する。ネオプトレモスエウリュピュロスデーイポボスらが登場し、パリスオイノーネーが亡くなったのち、木馬が作られる。

残りの13、14巻は『イーリオスの陥落』と同じ期間を描いている。木馬によるイーリオス陥落、アキレウスの墓でポリュクセネーが生贄として殺害され、ギリシア勢は出発し、嵐に遭遇して彼らは散り散りになる。

こうして、物語はイーリアスの終わった後で始まり、オデュッセイアの始まる前で終わっている[1]

それゆえ、伝存する『トロイア戦記』の写本のうち3冊は、『イリアス』と『オデュッセイア』の写本の間に挟まれた形で発見されたという事実も、さして驚くようなことではないだろう[2]

主要登場人物

先行作品との関係

『トロイア戦記』はホメーロスに強く似せられており、長い間、ホメーロスに劣ると考えられてきたが、現在では、ホメーロスの叙事詩との関係において、どのようにクイントゥスの独創的で創造的であったかが理解されている[3]

イーリアスは、

トロイアの民は九日にわたって薪を集め、町の外へ集めた。
十日目の朝、豪勇ヘクトールの遺体は運び出されて薪の上に載せられ、火がつけられる。
次の日の朝、火葬の場にはトロイアの民が続々と集まり、きらめく葡萄酒をかけて火を消した。
兄弟や戦友たちが遺骨を拾い、紫の布に包んで黄金の壺に納める。
そして穴に納めるとその上に大石を並べ、
手早く塚を盛り上げると、その周囲には警護の兵を配置した。
そして、プリアモスの館の内で、盛大な供儀の宴が行われた。
馬を馴らすヘクトールの葬儀は、かくのごとく営まれた。
ヘクトールの遺体引取り(第二十四歌)[4]

で終わる。クイントゥスは歌い出しのような導入部なしに、その直後につなげる形で、

神々にも等しきヘクトールはペーレウスの息子に討たれた。
火葬の薪は尽き、その骨は大地の下に納められた。
ペンテシレイア(第1巻)[5]

と物語を始めている[6]

物語の目的は、イーリアスを完結させ、登場人物たちにそれぞれ結末を与えることのようである。先行作品では味方との不和を抱えていた多くの人物、たとえばソポクレースの悲劇の材になるほど強い敵意をオデュッセウスに対して抱いていたピロクテーテースは、かなり手早くそれを克服して協力している。

ルーマニアの古典文学研究者のEugen Cizekは「クイントゥスがこの作品によって、ホメーロスを補って、古代世界の英雄絵巻を完成させたことで、読者が伝説のトロイア戦争をはっきりと理解する助けとなっている」と評している[7]

日本語訳

  • クイントゥス『トロイア戦記』松田治訳、講談社講談社学術文庫〉、2000年9月8日。ISBN 4-06-159447-8

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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