ニール・コッツ

アメリカの野球選手 (1980-) From Wikipedia, the free encyclopedia

ニール・ジェームズ・コッツNeal James Cotts, 1980年3月25日 - )は、アメリカ合衆国イリノイ州セントクレア郡レバノン英語版出身のプロ野球選手投手)。左投左打。MLBワシントン・ナショナルズ傘下所属。

生年月日 (1980-03-25) 1980年3月25日(46歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
200 lb =約90.7 kg
概要 ワシントン・ナショナルズ (マイナー), 基本情報 ...
ニール・コッツ
Neal Cotts
ワシントン・ナショナルズ (マイナー)
ツインズ時代(2015年8月23日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 イリノイ州セントクレア郡レバノン英語版
生年月日 (1980-03-25) 1980年3月25日(46歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
200 lb =約90.7 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2001年 MLBドラフト2巡目(全体69位)でオークランド・アスレチックスから指名
初出場 2003年8月12日
年俸 $3,000,000(2015年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
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経歴

プロ入りとアスレチックス傘下時代

2001年MLBドラフト2巡目(全体69位)でオークランド・アスレチックスから指名を受け、6月13日に入団。

ホワイトソックス時代

2002年12月16日にキース・フォークマーク・ジョンソン英語版らとのトレードで、ビリー・コッチらと共にシカゴ・ホワイトソックスへ移籍した。

2003年8月12日のアナハイム・エンゼルス戦でメジャーデビューを果たした。2003年は先発投手として4試合に登板したが、13.1イニングで17個の四球を出してしまうなど、制球力の悪さが目に付いた。

2004年からはリリーフ投手として登板。制球力の悪さはそれほど目に付かなくなったが、65.1イニングで13被本塁打。特にランナーがいる場面で弱く、32.2イニングで8被本塁打を浴びている。

2005年好調を維持し、防御率1.94を記録するなど、大活躍した。特に後半戦は防御率0.70と、殆ど失点を許さなかった。

2006年は、8月9月共に月間防御率が10.00を超えるなど、不安定な投球がぶり返してしまった。

カブス時代

2006年11月16日にカルロス・バスケスデビッド・アーズマとのトレードで、シカゴ・カブスへ移籍した。

2009年7月にトミー・ジョン手術を行った。12月12日にFAとなった。

パイレーツ傘下時代

2009年12月31日にピッツバーグ・パイレーツとマイナー契約を結んだ。

2010年は前年の手術のリハビリで全休し、9月17日に放出される。

ヤンキース傘下時代

2010年11月22日にニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングへの参加が決定する[1][2]。しかし、フィジカルチェックに引っ掛かり、2月16日に自由契約となる[3]

レンジャーズ時代

2012年2月20日にテキサス・レンジャーズとマイナー契約を結んだ。6月11日に故障から復帰し、AAA級ラウンドロック・エクスプレスで25試合に登板。2勝1敗3セーブ・防御率4.55だった。11月12日にマイナー契約で再契約した[4]

2013年もAAA級ラウンドロックで開幕を迎えたが、5月21日にメジャーに昇格[5]。その後は左のリリーフとして53試合に登板し、8勝3敗1セーブ・防御率1.11・65奪三振の成績を残した。

2014年1月15日にレンジャーズと1年契約を結んだ[6]。この年は73試合に登板して2勝9敗2セーブ・防御率4.32・63奪三振の成績を残した。

ブルワーズ時代

2015年1月29日にミルウォーキー・ブルワーズと1年300万ドルで契約を結んだ[7]。ここではリリーフで51試合に登板し、防御率3.26・投球イニングとほぼ同等の49奪三振を記録した。

ツインズ時代

2015年8月21日に後日発表選手とのトレードで、ミネソタ・ツインズへ移籍した[8]。ツインズ移籍後は17試合でマウンドに登ったが、防御率は移籍前よりも悪化して3.95だった。2チーム計の成績は、68試合に登板して防御率3.41・1勝0敗・22四球・58奪三振だった。同年11月2日にFAとなった[9]

ツインズ退団後

2016年2月27日、ヒューストン・アストロズとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに参加したが、3月25日に自由契約となった[10]。4月7日にロサンゼルス・エンゼルスとマイナー契約を結んだが、5月18日に自由契約となった[10]。5月21日にヤンキースとマイナー契約を結んだが、6月13日に自由契約となった[10]。6月21日にレンジャーズとマイナー契約を結んだが、11月7日にFAとなった[10]

ナショナルズ傘下時代

2017年2月11日、ワシントン・ナショナルズとマイナー契約を結び、同年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[10]

詳細情報

年度別投手成績

さらに見る 年 度, 球団 ...




















































W
H
I
P
2003 CWS 440001100.5006913.11511700100012128.102.40
2004 5610004404.50028165.161133023588045415.651.39
2005 690000400131.00024860.13812954583016131.941.11
2006 70000012114.33325154.064122463433033315.171.63
2007 CHC 1600000102.0007616.21519031400994.861.44
2008 5000000209.00016035.23871321433018174.291.43
2009 1900000202.0005511.0143901900997.362.09
2013 TEX 58000083111.72722357.036218106530871.110.95
2014 73000029219.18228666.26662333634233324.321.34
2015 MIL 51000010041.00020949.24491723492018183.261.23
MIN 1700000002----6013.2143501900863.951.39
'15計 68000010061.00026963.158122224582026243.411.26
MLB:10年 48350002124480.4671918443.14055819421224212622081953.961.35
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  • 2018年度シーズン終了時

背番号

  • 38(2003年)
  • 46(2004年 - 2006年)
  • 48(2007年 - 2009年、2015年 - 同年8月20日)
  • 56(2013年 - 2014年)
  • 55(2015年8月21日 - 同年終了)

脚注

関連項目

外部リンク

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