ノーベル平和賞受賞者の一覧
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ノルウェーのノーベル委員会は毎年、ノーベル平和賞を「国家間の友愛、常備軍の廃止または削減、ならびに平和会議の開催と推進のために最も多く、あるいは最も優れた働きをした人物」に授与する。アルフレッド・ノーベルの遺言に従い、この賞はノルウェーのノーベル委員会によって運営され、ノルウェー議会によって選出された5人の委員からなる委員会によって授与される。
受賞者にはメダル、賞状、および賞金(金額は年によって変動)が授与される。
平和賞は毎年12月10日、ノーベルの命日にノルウェー国王臨席のもとオスロで授与され、ストックホルム以外で授与される唯一のノーベル賞である。他の賞とは異なり、平和賞は個人ではなく組織(三度の受賞歴を持つ国際赤十字委員会等)に授与される場合がある。
ノーベル平和賞は1901年にフレデリック・パシーとアンリ・デュナンに初めて授与され、両者は150,782スウェーデン・クローナ(2008年換算で7,731,004スウェーデン・クローナ)を分け合った。
1962年のノーベル平和賞受賞者ライナス・ポーリングは、単独受賞ではないもののノーベル賞を2度受賞した人物の一人である。ポーリングは1954年にノーベル化学賞を受賞している。
2014年の受賞者であるマララ・ユスフザイは、ノーベル平和賞を17歳で受賞した最年少の受賞者である。
ノーベル平和賞初の女性受賞者は1905年のベルタ・フォン・ズットナーである。現在では、111名の個人受賞者中、19名が女性である。
国際赤十字委員会は人道活動に対し3度の受賞を果たし、ノーベル平和賞最多受賞団体となっている。
ノーベル平和賞受賞者の中で、受賞時に拘束されていたのは5名いる(カール・フォン・オッシエツキー(1935年)、アウン・サン・スー・チー(1991年)、劉暁波(2010年)、アレシ・ビャリャツキ(2022年)、ナルゲス・モハンマーディ(2023年))。
2024年現在、平和賞は個人111名と団体28組織に授与されている。ノーベル平和賞を受賞した女性は19名で、他のどのノーベル賞よりも多い。複数回の平和賞受賞者は2団体のみである:国際赤十字委員会が3回(1917年、1944年、1963年)、国連難民高等弁務官事務所が2回(1954年、1981年)受賞している。また、ノーベル平和賞が授与されなかった年は19回存在する。
受賞者
1900年代
| 年 | 受賞者名 | 出身国 | 受賞理由 | |
|---|---|---|---|---|
| 1901 | アンリ・デュナン | 国際赤十字の創設とジュネーヴ条約制定に向けての貢献 | ||
| フレデリック・パシー | 列国議会同盟や国際平和会議の創設を主導したこと | |||
| 1902 | エリー・デュコマン | 国際平和ビューローの名誉事務局長として | ||
| シャルル・ゴバ | 列国議会同盟の事務総長として | |||
| 1903 | ウィリアム・ランダル・クリーマー | 国際仲裁連盟(英語版)の書記として | ||
| 1904 | 万国国際法学会 | 不明瞭であった戦争法規の存在を喚起するなど、国際法の科学の一般的原則を策定する学会の労力に対して | ||
| 1905 | ベルタ・フォン・ズットナー | 『武器を捨てよ!』の著作と、平和運動への寄与に対して | ||
| 1906 | セオドア・ルーズベルト | アメリカ合衆国大統領として日露戦争の講和を斡旋したことに対して | ||
| 1907 | エルネスト・テオドロ・モネータ | ロンバルディア平和調停連盟の議長として | ||
| ルイ・ルノー | フランスを代表する国際法学者であり、ハーグ平和会議における常設仲裁裁判所の判事として | |||
| 1908 | ポントゥス・アルノルドソン | スウェーデン平和と仲裁協会(英語版)の創設者として | ||
| フレデリック・バイエル | スカンディナヴィア半島の和平を推進し、国際平和ビューローの名誉議長を務めたこと | |||
| 1909 | オーギュスト・ベールナールト | 2度に亘るハーグ平和会議の代表を務め、列国議会同盟を先導したことに対して | ||
| エストゥールネル・ド・コンスタン | 英仏、独仏の相互理解のための国際仲裁に関する顕著な外交実績に対して | |||
1910年代
| 年 | 受賞者名 | 出身国 | 受賞理由 | |
|---|---|---|---|---|
| 1910 | 国際平和ビューロー | 様々な国家間の平和社会の連携のための行動に対して | ||
| 1911 | トビアス・アッセル | 国際常設仲裁裁判所の設立 | ||
| アルフレート・フリート | ドイツ平和協会(英語版)の創設 | |||
| 1912 | エリフ・ルート | 国際仲裁にかける強い関心と、彼の国際裁判所についての草案に対して | ||
| 1913 | アンリ・ラ・フォンテーヌ | 国際平和ビューローの代表者として | ||
| 1914 | なし | |||
| 1915 | ||||
| 1916 | ||||
| 1917 | 赤十字国際委員会 | |||
| 1918 | なし | |||
| 1919 | ウッドロウ・ウィルソン | 国際連盟創設への貢献 | ||
1920年代
| 年 | 受賞者名 | 出身国 | 受賞理由 | |
|---|---|---|---|---|
| 1920 | レオン・ブルジョワ | 国際連盟の総会議長として | ||
| 1921 | カール・ヤルマール・ブランティング | 国際連盟に対する貢献 | ||
| クリスティアン・ランゲ | ノルウェー・ノーベル委員会の事務総長、列国議会同盟の事務局長として | |||
| 1922 | フリチョフ・ナンセン | 戦争難民の帰国および飢餓難民救済活動 | ||
| 1923 | なし | |||
| 1924 | ||||
| 1925 | オースティン・チェンバレン | ロカルノ条約締結の主役として | ||
| チャールズ・ドーズ | ドイツの経済を回復し安定させる計画についての研究 | |||
| 1926 | アリスティード・ブリアン | ロカルノ条約の締結に尽力 | ||
| グスタフ・シュトレーゼマン | ||||
| 1927 | フェルディナン・ビュイソン | 独仏融和への貢献に対して | ||
| ルートヴィッヒ・クヴィデ | ||||
| 1928 | なし | |||
| 1929 | フランク・ケロッグ | ケロッグ・ブリアン協定締結に尽力 | ||
1930年代
| 年 | 受賞者名 | 出身国 | 受賞理由 | |
|---|---|---|---|---|
| 1930 | ナータン・セーデルブロム | キリスト教相互の団結(エキュメニズム)のみならず、世界平和のためにキリスト教会を関与させることへの彼の尽力に対して | ||
| 1931 | ジェーン・アダムズ | 婦人国際平和自由連盟の指導とその社会改革に対して | ||
| ニコラス・バトラー | 不戦条約の締結推進とアメリカ合衆国における平和運動の先導者として | |||
| 1932 | なし | |||
| 1933 | ラルフ・ノーマン・エンジェル | 『大いなる幻影』の著作と、国際連盟への支援、並びに反戦論の敷衍による国際平和への貢献に対して | ||
| 1934 | アーサー・ヘンダーソン | 世界軍縮会議(英語版)の議長として | ||
| 1935 | カール・フォン・オシエツキー | 反戦主義的ジャーナリズム活動を称えて | ||
| 1936 | カルロス・サアベドラ・ラマス | パラグアイとボリビア間の対立の仲介 | ||
| 1937 | ロバート・セシル | 国際連盟における彼の業績に対して | ||
| 1938 | ナンセン国際難民事務所 | その難民救助活動に対して | ||
| 1939 | なし[注 1] | |||
1940年代
| 年 | 受賞者名 | 出身国 | 受賞理由 | |
|---|---|---|---|---|
| 1940 | なし | |||
| 1941 | ||||
| 1942 | ||||
| 1943 | ||||
| 1944 | 赤十字国際委員会 | |||
| 1945 | コーデル・ハル | 国際連合憲章の起草を称えて | ||
| 1946 | エミリー・グリーン・ボルチ | 婦人国際平和自由連盟名誉国際会長として | ||
| ジョン・モット | キリスト教青年会会長として | |||
| 1947 | イギリス・フレンズ協議会 | その慈善活動への熱意に対して | ||
| アメリカ・フレンズ奉仕団 | ||||
| 1948 | なし | |||
| 1949 | ジョン・ボイド・オア | 国際連合食糧農業機関の長官や、「国家平和協議会」の議長として | ||
1950年代
| 年 | 受賞者名 | 出身国 | 受賞理由 | |
|---|---|---|---|---|
| 1950 | ラルフ・バンチ | パレスチナ和平調停に尽力し、アラブ諸国とイスラエルの停戦交渉に貢献 | ||
| 1951 | レオン・ジュオー | 国際労働機関創設への貢献に対して | ||
| 1952 | アルベルト・シュヴァイツァー | ランバレネにおける外科医としての診療活動に対して | ||
| 1953 | ジョージ・マーシャル | マーシャル・プランに対して | ||
| 1954 | 国際連合難民高等弁務官事務所 | 東西冷戦下の難民のための政治的、法的保護に対して | ||
| 1955 | なし | |||
| 1956 | ||||
| 1957 | レスター・B・ピアソン | 第二次中東戦争時に国連緊急軍の創設を提唱 | ||
| 1958 | ドミニク・ピール | 第二次世界大戦後のヨーロッパでの難民救済活動 | ||
| 1959 | フィリップ・ノエル=ベーカー | 生涯を通じた国際平和と国際協力への熱心な活動に対して | ||
1960年代
| 年 | 受賞者名 | 出身国 | 受賞理由 | |
|---|---|---|---|---|
| 1960 | アルバート・ルツーリ | アフリカ民族会議の議長であり、南アフリカ共和国の対アパルトヘイト闘争において最前線で活動したこと | ||
| 1961 | ダグ・ハマーショルド[注 2] | 世界の平和と協力を推進し、国際連合の強化に尽力 | ||
| 1962 | ライナス・ポーリング | 核兵器に対する反対運動 | ||
| 1963 | 赤十字国際委員会 | ジュネーヴ条約の原則の推進と国際連合との連携 | ||
| 国際赤十字赤新月社連盟 | ||||
| 1964 | マーティン・ルーサー・キング・ジュニア | アメリカ合衆国における人種偏見を終わらせるための非暴力抵抗運動 | ||
| 1965 | 国際連合児童基金 | 国際援助機関として | ||
| 1966 | なし | |||
| 1967 | ||||
| 1968 | ルネ・カサン | 国連人権宣言の起草に対して | ||
| 1969 | 国際労働機関 | 労働条件や生活水準の改善のための取組みに対して | ||
1970年代
| 年 | 受賞者名 | 出身国 | 受賞理由 | |
|---|---|---|---|---|
| 1970 | ノーマン・ボーローグ | 世界の食糧不足の改善に尽くした | ||
| 1971 | ヴィリー・ブラント | 東ドイツを含めた東欧諸国との関係正常化を目的とした、彼の東方外交に対して | ||
| 1972 | なし | |||
| 1973 | ヘンリー・キッシンジャー | ベトナム戦争の和平交渉 | ||
![]() |
レ・ドゥク・ト[注 3] | |||
| 1974 | ショーン・マクブライド | 人権に強い関心を示し、欧州評議会を通じて欧州人権条約を規定し、アムネスティ・インターナショナルを創設、並びに国際法律家委員会の事務総長を務めたこと | ||
| 佐藤栄作 | 非核三原則の提唱 | |||
| 1975 | アンドレイ・サハロフ | 人権や軍縮、およびすべての国家間協力のための彼の奮闘に対して | ||
| 1976 | ベティ・ウィリアムズ | 北アイルランドの平和運動への貢献 | ||
| マイレッド・コリガン・マグワイア | ||||
| 1977 | アムネスティ・インターナショナル | チリ・ピノチェト政権における国民への弾圧を告発 | ||
| 1978 | アンワル・アッ=サーダート | キャンプ・デービッド合意 | ||
| メナヘム・ベギン | ||||
| 1979 | マザー・テレサ | 長期間にわたる献身的な働きにより、苦しみの中にいる人々に安息をもたらした | ||
1980年代
| 年 | 受賞者名 | 出身国 | 受賞理由 | |
|---|---|---|---|---|
| 1980 | アドルフォ・ペレス・エスキベル | ラテンアメリカの人権向上への尽力に対して | ||
| 1981 | 国際連合難民高等弁務官事務所 | 難民の移住と定着と処遇の改善に資する活動に対して | ||
| 1982 | アルバ・ライマル・ミュルダール | 国連の軍縮交渉において重要な役割を果たし、国際的な認知を得た、壮大な実績に対して | ||
| アルフォンソ・ガルシア・ロブレス | ||||
| 1983 | レフ・ヴァウェンサ | 「連帯」の結党と、民主化運動の発起に対して | ||
| 1984 | デズモンド・ムピロ・ツツ | 南アフリカにおけるアパルトヘイトの問題を解決するための運動における統一的指導者としての役割に対して | ||
| 1985 | 核戦争防止国際医師会議 | 核戦争がもたらす悲惨な結果について理解を広めるのに貢献 | ||
| 1986 | エリ・ヴィーゼル | 「ホロコーストに関する大統領委員会」の議長として | ||
| 1987 | オスカル・アリアス・サンチェス | 中央アメリカにおける和平調停への尽力と、ニカラグアとエルサルバドルの間の紛争を仲裁した功績に対して | ||
| 1988 | 国際連合平和維持活動 | 国連の基本的信条の実現に向けての重要な貢献に対して | ||
| 1989 | ダライ・ラマ14世 | 非暴力によるチベット解放闘争と、チベットの歴史と文化遺産の保存のための、寛容と相互尊重に基づく平和的解決の提唱 | ||
1990年代
| 年 | 受賞者名 | 出身国 | 受賞理由 | |
|---|---|---|---|---|
| 1990 | ミハイル・ゴルバチョフ | 冷戦の終結・中距離核戦力全廃条約調印・ペレストロイカによる共産圏の民主化 | ||
| 1991 | アウンサンスーチー | ミャンマーの人権と民主主義の確立のための非暴力闘争に対して | ||
| 1992 | リゴベルタ・メンチュウ | グアテマラ先住民の人権と権利の向上のための努力に対して | ||
| 1993 | ネルソン・マンデラ | アパルトヘイト体制を平和的に終結させて新しい民主的な南アフリカの礎を築いたため | ||
| フレデリック・ウィレム・デクラーク | ||||
| 1994 | ヤーセル・アラファート | 中東へ平和を築く努力に対して | ||
| イツハク・ラビン | ||||
| シモン・ペレス | ||||
| 1995 | ジョセフ・ロートブラット | 国際政治における当面の核兵器の削減と、長期的な核廃絶のための努力に対して | ||
| パグウォッシュ会議 | ||||
| 1996 | カルロス・フィリペ・シメネス・ベロ | 東ティモールにおける紛争の正当で平和的な解決への尽力 | ||
| ジョゼ・ラモス=ホルタ | ||||
| 1997 | 地雷禁止国際キャンペーン | 対人地雷の禁止および除去に対する貢献 | ||
| ジョディ・ウィリアムズ | ||||
| 1998 | ジョン・ヒューム | 北アイルランド紛争の平和的解決の模索への尽力に対して | ||
| デヴィッド・トリンブル | ||||
| 1999 | 国境なき医師団 | アフリカ・アジア・南米の各大陸における、その先駆的な人道的活動に対して | ||
2000年代
| 年 | 受賞者名 | 出身国 | 受賞理由 | |
|---|---|---|---|---|
| 2000 | 金大中 | 韓国、および一般に東アジアの民主主義と人権のための努力、特に北朝鮮との平和と和解のため | ||
| 2001 | 国際連合 | より良く組織され、より平和な世界のための取組みに対して | ||
| コフィー・アナン | ||||
| 2002 | ジミー・カーター | 数十年間にわたり、国際紛争の平和的解決への努力を続け、民主主義と人権を拡大させたとともに、経済・社会開発にも尽力した | ||
| 2003 | シーリーン・エバーディー | 民主主義と人権擁護に対する貢献 | ||
| 2004 | ワンガリ・マータイ | 持続可能な開発、民主主義と平和に対する貢献 | ||
| 2005 | 国際原子力機関 | 原子力エネルギーの平和的利用に対する貢献 | ||
| モハメド・エルバラダイ | ||||
| 2006 | ムハマド・ユヌス | 貧困層の経済的・社会的基盤の構築に対する貢献 | ||
| グラミン銀行 | ||||
| 2007 | 気候変動に関する政府間パネル | 人為的気候変動(地球温暖化)についての問題点を広く知らしめ、気候変動防止に必要な措置への基盤を築くために努力したことに対して | ||
| アル・ゴア | ||||
| 2008 | マルッティ・アハティサーリ | インドネシア・アチェ武装勢力の紛争解決への尽力に対して | ||
| 2009 | バラク・オバマ | 国際外交、および、諸民族間における協力強化のため、並外れた努力を払い、世界中の人々に、良き将来への希望を与えた | ||
2010年代
| 年 | 受賞者名 | 出身国 | 受賞理由 | |
|---|---|---|---|---|
| 2010 | 劉暁波 | 中国の基本的人権確立のために長期にわたる非暴力の闘いを継続した | ||
| 2011 | エレン・ジョンソン・サーリーフ | 平和構築活動に女性が安全かつ全面的に参加できるよう求めて非暴力の活動を行った | ||
| レイマ・ボウィ | ||||
| タワックル・カルマン | ||||
| 2012 | 欧州連合 | 欧州地域の安定および協調路線を図る取り組みを評価して | ||
| 2013 | 化学兵器禁止機関 | 化学兵器の排除のための多大な努力 | ||
| 2014 | マララ・ユスフザイ[1] | 児童と青年に対する抑圧に対する戦いとすべての児童のための教育への権利への貢献を称えて | ||
| カイラシュ・サティーアーティ | ||||
| 2015 | チュニジア国民対話カルテット | ジャスミン革命後の民主化への貢献に対して | ||
| 2016 | フアン・マヌエル・サントス | 50年以上にわたったコロンビア内戦の終結に向けた決然たる努力に対して | ||
| 2017 | 核兵器廃絶国際キャンペーン | 核兵器の使用による、人類への壊滅的な結果に注目を集めさせ、その廃絶のための条約締結を達成した画期的な努力に対して | ||
| 2018 | デニス・ムクウェゲ | 戦場や紛争地域において兵器として用いられる戦時性暴力を終結させるための努力に対して | ||
| ナーディーヤ・ムラード | ||||
| 2019 | アビィ・アハメド | 平和と国際協力を達成するための努力、殊に隣国エリトリアとの国境紛争を解決するための決定的な指導力に対して | ||
2020年代
| 年 | 受賞者名 | 出身国 | 受賞理由 | |
|---|---|---|---|---|
| 2020 | 国際連合世界食糧計画 | 飢餓克服への努力、紛争地域の平和のための貢献、そして飢餓を戦争や紛争の武器として使用することを防ぐための努力において原動力としての役割を果たしたことに対して | ||
| 2021 | マリア・レッサ | 民主主義と恒久的な平和の前提条件である表現の自由を守るための努力に対して | ||
| ドミトリー・ムラトフ | ||||
| 2022 | アレシ・ビャリャツキ | 母国における市民社会の代表として、長年にわたり、権力を批判し、市民の基本的人権を守るための権利を促進し、また、戦争犯罪、人権侵害、権力の濫用を記録する多大な努力によって、平和と民主主義のために、市民社会の重要性を示したことに対して | ||
| メモリアル | ||||
| 市民自由センター | ||||
| 2023 | ナルゲス・モハンマーディ | イランにおける女性への弾圧に抵抗し、すべての人々の人権と自由を促進するための闘争に対して | ||
| 2024 | 日本原水爆被害者団体協議会 | 核兵器のない世界の実現に長年にわたって努力し、核兵器が二度と使われてはならないことを証言を通じて示してきた」こと、また「並外れた努力が核のタブーの確立に大きく貢献した」ことに対して | ||
| 2025 | マリア・コリーナ・マチャド | ベネズエラ国民の民主的権利を向上するための不断の努力と、独裁政権から民主主義への公正かつ平和的な移行を達成するための闘争に対して | ||
脚注
注釈
- ↑ ロバート・ベーデン・パウエルに決定していたが、第二次世界大戦勃発により賞自体が取り消された。
- ↑ 遺贈
- ↑ 受賞辞退
出典
- ↑ Nobel Media AB 2014 (2014年10月10日). “The Nobel Peace Prize 2014 - Press Release”. Nobelprize.org. 2021年4月29日閲覧。
| 部門 | |||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 受賞者 |
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| 委員会と組織 |
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| 関連項目 | |||||||||
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1 アルフレッド・ノーベル記念スウェーデン国立銀行経済学賞(当初からあるノーベル賞ではない) | |||||||||
