パブロ・サバレタ
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Pablo Javier Zabaleta Girod
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ウェストハム・ユナイテッドFCでのサバレタ (2019年) | ||||||||||||||
| 名前 | ||||||||||||||
| 本名 |
パブロ・ハビエル・サバレタ・ヒロー Pablo Javier Zabaleta Girod | |||||||||||||
| ラテン文字 | Pablo Zabaleta | |||||||||||||
| 基本情報 | ||||||||||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1985年1月16日(40歳) | |||||||||||||
| 出身地 | ブエノスアイレス | |||||||||||||
| 身長 | 176cm | |||||||||||||
| 体重 | 76kg | |||||||||||||
| 選手情報 | ||||||||||||||
| ポジション | DF (RSB) | |||||||||||||
| 利き足 | 右足 | |||||||||||||
| ユース | ||||||||||||||
| 1995-1997 |
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| 1997-2002 |
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| クラブ1 | ||||||||||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||||||||||
| 2002-2005 |
| 66 | (8) | |||||||||||
| 2005-2008 |
| 79 | (3) | |||||||||||
| 2008-2017 |
| 230 | (9) | |||||||||||
| 2017-2020 |
| 73 | (0) | |||||||||||
| 通算 | 448 | (20) | ||||||||||||
| 代表歴2 | ||||||||||||||
| 2001-2002 |
| 12 | (3) | |||||||||||
| 2003-2005 |
| 28 | (4) | |||||||||||
| 2008 |
| 6 | (0) | |||||||||||
| 2005-2016 |
| 58 | (0) | |||||||||||
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1. 国内リーグ戦に限る。2020年8月6日現在。 2. 2016年11月11日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||||||||||
パブロ・ハビエル・サバレタ・ヒロー(Pablo Javier Zabaleta Girod, 1985年1月16日 - )は、アルゼンチン・ブエノスアイレス出身のバスク系アルゼンチン人の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー。両サイドバックと両サイドハーフでプレーする。
マンチェスター・シティ
1997年からCAサン・ロレンソ・デ・アルマグロのユースチームでキャリアをスタートさせ、2002年にトップチーム昇格を果たした。2005年7月1日にスペインのRCDエスパニョールに移籍した。
2008年8月31日、イングランドのマンチェスター・シティFCに移籍。移籍後は生え抜きのマイカ・リチャーズとポジション争いを繰り広げた。 2011-12シーズン後半からはリチャーズの故障もありスタメンに定着。粘り強い守備と的確で効果的な攻撃参加でチームの優勝に貢献した。翌シーズンからも指揮官のロベルト・マンチーニの信頼を勝ち得、指揮官の古巣インテルからやってきたマイコンとのレギュラー争いを制した。マンチーニ解任後にやってきたマヌエル・ペレグリーニからも信頼され、多くの出場機会を得ている。その後も右サイドバックの絶対的な主力だったが、2016-17シーズンを最後に退団。クラブからはシーズンチケットと自身がシティで出場した試合数を表した『Zabaleta 333』と書かれたシャツをプレゼントされた。2017年5月16日のホーム最終戦の試合後、退団セレモニーでスピーチを行った[1]。
ウェストハム
2017年5月26日、ウェストハム・ユナイテッドFCと2年契約を結ぶことが発表された[2]。初年度は右サイドバックのポジションを守った。2018-19シーズンよりシティ時代の恩師であるペレグリーニが監督に就任した。同シーズン中には引退の噂もあったが[3]、契約を1年間延長した。
2019-20シーズンは公式に自身最後のプレミアリーグでのシーズンになることを明言した[4]。2020年1月10日のシェフィールド・ユナイテッド戦で南米出身の選手としては3人目となるプレミアリーグ300試合出場を達成した[5]。
2020年10月16日、現役引退を表明した[6]。
代表経歴
アルゼンチン代表として、2003 FIFAワールドユース選手権に出場した。また2005 FIFAワールドユース選手権ではキャプテンとしてセルヒオ・アグエロやリオネル・メッシと共に優勝に貢献。2008年には北京オリンピックにも出場し優勝に貢献した。母国開催のコパ・アメリカ2011では右サイドバックのレギュラーとして出場した。
2014年ワールドカップにも出場、ボスニア戦でワールドカップデビューを飾り[7]、準優勝。