ブラック部活
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主な問題点1. 長時間拘束
2023年の尾見と小野田の研究によると、日本の部活動は、授業のある期間のみならず休日や長期休暇にも行われることが一般的であり、年間を通じた学校文化として定着している。一方、OECD加盟国(=自由主義経済圏)の多くでは授業前後の活動が中心で、休暇中の実施頻度は低い。[4]
笹川スポーツ財団は「全国スポーツライフ調査」を定期的に実施しており、2021年調査で、日本の学校における部活動(運動部活動)の実施状況について、次のような結果を報告している。[5][6]
- 中学校では、週5日(43.1%)の活動が最多
- 高校では、週6日(41.2%)の活動が最多
- 平日の活動時間は、中学校(67.1%)・高校(63.9%)ともに「2〜3時間」が最も一般的である
- 土日の活動については、中学校の79.3%、高校の52.4%が「土日のどちらか1日に定期的に実施」と回答
以上の結果から、日本の部活動は平日・休日ともに高い頻度で行われている実態が示された。
ブラック部活は、休日・長期休暇にも活動が及ぶことによって、生徒だけでなく指導者にも負担が波及する。2023年に中澤篤史は、日本の部活動は「自主性重視」の理念を掲げながら、実際には生徒と教員双方が「やりすぎ」と感じるほど負担が大きい、と指摘している。 [7]
オーバーユースによるスポーツ障害
日本の少年スポーツでは、長時間・高頻度の練習が当たり前になり、子どもの身体に慢性的な負荷が蓄積する「オーバーユース(使いすぎ)」が深刻化している。特に成長期の骨や関節は弱く、無理な練習を続けると痛みが静かに進行し、大人になってからも後遺症が残る危険がある。オーバーユースは「激しい練習の結果」ではなく、休ませない指導が生む慢性的な健康被害である[8]。
主な問題点2. 不適切指導
以下のような科学に基づかない不適切指導がブラック部活の一例である。
- 外見に関する強制(選手の髪を丸刈りに強制するなど)[9][10]
- どんぶり飯を2杯食べさせる等、「食べるノルマ」を課す[9][11]
- 病気・ケガの放置・出場強要[9]
- 暴言・権威的統制[9]
- 根性論、「我慢は美徳」といった理不尽な文化[9]
ブラック部活における不適切指導や暴力的な慣行は、単なる身体的リスクだけでなく、精神的健康への影響が学術的に指摘されている。例を挙げると、
- コーチ等からのハラスメント経験は、不安・ストレス・抑うつなどの精神的負担と関連することがスポーツ心理学研究で示されている[12]。
- 2024年に発表された豐田隼、尾見康博、石川勝彦による調査研究では、中学校・高校の運動部活動において、過度な指導や暴力的な行為を経験した生徒の一部に、心的外傷後ストレス障害(PTSD)や複雑性PTSDに該当しうる心理的影響がみられる可能性があることが、国際的に用いられている質問紙を用いて数量的に示されている。[13]
ワーストケース
部活動指導者が生徒を精神的に追い詰め、重大な事件に発展したブラック部活の例として近年広く知られているのが、2012年の大阪市立(現・大阪府立)桜宮高校バスケットボール部体罰自殺事件である。そこから10年経過しても、朝日新聞で特集シリーズが組まれるほど同様の事件は続発している。
| 発生年 | 死亡に至った事件名 | 関連報道 |
|---|---|---|
| 2012年 | 新潟県立高田高校ラグビー部生徒自殺事件 | |
| 2012年 | 岡山県立岡山操山高校野球部マネジャー自殺事件 | 朝日新聞 息子の自殺から報告書まで8年…両親「力尽きるのを待っていたのか」(2022年12月21日) |
| 2015年 | 神奈川県 桐蔭学園高校柔道部熱中症死亡事件 | |
| 2018年 | 岩手県立不来方高校バレーボール部自殺事件 | 朝日新聞 泣き叫ぶ妻の横で謝罪なき顧問 自死したバレー部員の父が語る防止策(2022年12月18日) |
| 2020年 | 福岡県 博多高校剣道部自殺事件 | 読売新聞 高1女子自殺、学校側「剣道部での不適切指導が原因」と謝罪…顧問2人が暴力・罵倒(2022年11月4日) |
| 2021年 | 沖縄県立コザ高校空手部主将自殺事件 | 朝日新聞 泣きながら丸刈り、夜中までLINE 追い込んだ顧問(2021年3月21日)
産経新聞 沖縄の高2自殺訴訟は和解へ、県が8200万円支払い 顧問の教諭か激しい叱責(2025年2月5日) |
| 2022年 | 聖霊高等学校女子ソフトボール部主将自殺事件 | CBCテレビ 「おまえはもういらない」 当時高校3年の女子生徒自殺 ソフトボール部顧問の“暴言”が一因 第三者委員会が結論 説明会で保護者から不安の声も 愛知・瀬戸市の聖霊高校(2025年9月12日)
朝日新聞 ソフトボール部主将の自殺 「不適切指導が一因の可能性」と第三者委(2025年9月12日) |
死亡に至らなかった事件については下記のリストを参照。
日本において部活動顧問のほとんどは学校教員であるが、中尾豊喜は「資質・能力の担保が不十分な任用が不適切指導を助長する」「(2025年時点において)指導者研修を実施しているのは関西地区では大阪府と大阪市ぐらいでそれ以外の自治体では実施されていない」「研修不足や指導者の資質・コーチング能力が不適切指導や暴言・ハラスメントの一因になり得る」[14]と指摘している。 しかし現在のところ、教員の能力と不適切指導の直接的な因果を検証した学術研究は限定的である。
中村正(社会病理学)は2022年朝日新聞において、「教室や部活動は教員が生徒に対して圧倒的に優位な『王国』で、教員側の規範意識が薄れやすい」と指摘している。[15]
発生理由
教育社会学・体育社会学の研究では、運動部活動の一部が、競技技能の向上だけでなく、生徒の規律形成や学校秩序の維持といった役割を期待されてきた側面があると指摘されている。[16]
研究分野において、運動部活動は次第に管理的・統制的性格を強め、規律が自律を促す手段から、服従を求める目的へと転化する傾向が生じたと指摘されている。また、競技成果との結合や、外部統制の弱さにより、こうした指導が正当化・固定化されてきた点が問題視されている。[17]
- 学校や教育委員会が予算を確保したいため部活を強制し、過酷な練習をさせることで部活に関する「実績」を作り、教育分野ならではの「商売」を達成しようとする。
- 内申書の「空欄」(通知表の中で、特記事項や備考欄などと呼ばれる欄)を埋めて、入試で高い点を取れるようにするために、部活を強制する。そして、学校の「進学実績」を上げる。
- 仮に内申書で部活動の実績ができたからといって、それで進学に有利になるとは限らない。
- 部活の部費という「名目で金銭を学校に納めさせる」(部費が必ずしも本音とは限らない)。そして、その中の一部を学校の「予算」に組み込む。
- 子供を放課後や休日に学校の中に閉じ込めて「管理」する。(子供に不祥事を起こされると、学校に行政的な処分が下るため、「管理」しないと不安になる)
- 部活大好き教師(BDK)や昭和時代の体育会系出身の教師や教育委員会の職員が、「自分たちが部活に参加していたのに、後世が部活に参加しないのはけしからん。気合や根性といった軍隊流の方法で子供を鍛え上げないと、大人になってから、社会の理不尽さや辛さには、とてもじゃないが耐えられない」と思っている。
- 封建的かつ時代錯誤な家父長制が根強く残る地域においてはそういう傾向が特に顕著である。[18]
識者の見解
鍛冶舎巧は「引き出しの少ない指導者は生徒を型にはめたがる。個性を尊重し奔放にやらせると自分が対応できなくなるから」と述べ、競技経験のない部活の顧問を任される教員が多く、結果的に事故・事件に発展しているケースもある。例としては、高校球児の頭髪が挙げられ周囲の固定観念が根強い。九州地方のチームが甲子園に立った時、監督が選手の頭髪を自由化すると、丸刈りを経験した主に中高年のOB(男子卒業生)やファンから「球児らしくない」「自分も丸刈りにしたのに、後の世代が丸刈りでないのは不公平だ」といった苦情が殺到したという。しかし、丸刈りの強制は明確な体罰(教育指導上の暴力)と定義されている[19]。
スタンフォード大学アメリカンフットボール部コーチの河田剛は「日本人はケガをおしてやり続けることが素晴らしいと思っている」と言及している[20]。
関連研究
- [暴力容認~再生産] 阿江美恵子は2000年に女子体育大学の学生596名を対象に「中学・高校で暴力を受けた経験を持つか」を調べ、そのうち37%が「ある」と答えたこと、また被暴力体験者のほとんどが暴力を完全否定できず89%が暴力を何らかの形で肯定・容認してしまっていることを報告した[21]。この部活動における暴力再生産の危険性はかなり以前から指摘されている。
- [運動部活動における高いリスク] 運動部は文化部より圧倒的に暴力・暴言のリスクが高い。2016年に高峰・武長・海老原は、現役高校生の“現在進行形の暴力・暴言”を全国レベルで調査し、運動部の生徒は文化部の生徒に比べ、「指導者から暴言を受けるリスクが約1.6倍高い(RR = 1.599)」「上級生から暴言を受けるリスクが約2.4倍高い(RR = 2.354)」「上級生から暴行を受けるリスクが5.4倍/6.8倍高い(RR = 5.492、RR = 6.865)」という分析結果を報告した[22]。
- [カルトとの類似] 2025年の日本教育心理学会誌『教育心理学年報』のシンポジウム報告では、「カルトのような非民主的で服従的な要素が依然として強い部活も存在する」として、部活動経験者とカルト経験者の構造的特徴が比較図で説明された。「カルトと同水準」として部活動集団が位置づけられる可能性が示唆されている。[23]
ブラック部活動 ≠ ブラック校則
ブラック部活動 ≠ 部活動の強制入部
また以下のような部活動への強制的な入部が生じてきた歴史的経緯は、主として教員の働き方改革や部活動の地域移行といった制度運用上の課題に関わるものである。活動内容や指導の過剰性を問題とするブラック部活動の議論とは、区別して整理したほうが理解しやすい。(参照すべきページ:クラブ活動 学校における働き方改革)
入部の強制
文部科学省が告示する学習指導要領では本来「部活動は学校教育活動の一環として、スポーツや文化、学問等に興味と関心をもつ同好の生徒が教職員の指導の下に、主に放課後などにおいて自発的・自主的に活動するもの」[25]と定義されているが、ほとんどの中学・高校がこの指針に従っておらず、生徒(主に1・2年生)と保護者の同意を得ないまま入部を強制しており、いわゆる「帰宅部」を一切認めていない(受験を控える3年生では、1学期末で入部を免除される場合がある)。
校則で「部活は任意とする」旨が明文化されていても「文化系・運動系を問わず、いずれかの部に属しなければならない」気運が醸成され、先天的疾患や身体的障害などのある場合を除いては、実質的に強制となっている場合もある。中には防衛大学校のように運動系の部活動への入部を強制するよう明文化されている学校もある。
それにより、「部活動以外の民間のスポーツクラブや習い事に所属したい」と考えている生徒がスケジュールの都合上、諦めなければならないケースが増大する。これは民業圧迫(人権侵害)と解釈できる。
部活動の強制入部の変遷
文部科学省が告示する学習指導要領では、部活動は学校教育活動の一環として、スポーツや文化、学問等に興味と関心をもつ同好の生徒が教職員の指導の下に、主に放課後などにおいて自発的・自主的に活動するもの[25]と定義されている。中体連の形成過程については中澤篤史が詳しいが、日本の学校における部活動への参加は、歴史的経緯の中で事実上の強制性が段階的に形成されてきた。一方で、制度上、任意参加であることが明確に示されるようになったのは比較的近年である。[26]
1970年代:全員加入制の広がり
部活動が全国的に組織化され、学校教育の一部として広く定着したのは戦後である。
1970年代前半に公立中学校を中心に、いわゆる全員加入制が広く導入されたとされており、この時期に文化系クラブ活動への参加率が低下したことが複数の教育史研究によって指摘されている。[27]この時代は部活動が事実上必修的に扱われるようになった時期として位置づけられることがある。
1980年代〜1990年代:制度的位置づけの曖昧さ
1989年度(平成元年)の学習指導要領改訂では、クラブ活動の履修と部活動との関係について解釈の余地が残されており、学校現場では部活動への参加が事実上の必修とみなされる例も少なくなかった。1990年代半ばには、公立中学校の過半数で全員加入制が採用されていたとの報告もあり、この時期の部活動は学校生活における標準的な経験として位置づけられていた。一方で法令上、任意参加であることが明確に示されることは少なく、制度的整理は不十分であった。[27][28]
平成後半〜令和初期:任意参加の明文化
部活動への参加が制度上明確に任意であることが強調されるようになったのは、平成後半以降である。2018年(平成30年)3月にスポーツ庁が、同年12月に文化庁が、それぞれ「部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」を策定し、部活動は生徒の自主的・自発的な参加によって行われるものであることが明記された。これにより制度上の根拠が公式に示されたとされる[29][30]。一方、2017年度(平成29年度)の調査では、公立中学校の一部で事実上の強制加入が行われている実態が報告されており、制度と運用の乖離が存在していたことが指摘されている[31]。
令和期以降:部活動改革と地域移行
2018年以降のガイドライン策定を契機として、令和期には教員の働き方改革や地域連携の観点から部活動改革が進められている。2020年代には、休日の部活動を中心に地域クラブ活動への移行が段階的に進められており、学校による管理や拘束の在り方を見直す動きが全国的に広がっている。[32][33]