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ブランドン・アレン

アメリカ合衆国の野球選手 From Wikipedia, the free encyclopedia

ブランドン・ダレル・アレン(Brandon Durell Allen、1986年2月12日 - )は、アメリカ合衆国テキサス州コンロー出身の元プロ野球選手(一塁手、左翼手)。右投左打。

生年月日 (1986-02-12) 1986年2月12日(40歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
235 lb =約106.6 kg
概要 セントルイス・カージナルス 打撃コーチ補佐 #87, 基本情報 ...
ブランドン・アレン
Brandon Allen
セントルイス・カージナルス 打撃コーチ補佐 #87
NPB時代
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国・テキサス州コンロー
生年月日 (1986-02-12) 1986年2月12日(40歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
235 lb =約106.6 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 一塁手/左翼手
プロ入り 2004年 ドラフト5巡目でシカゴ・ホワイトソックスから指名
初出場 MLB / 2009年8月22日 ヒューストン・アストロズ戦
NPB / 2012年8月12日
最終出場 MLB / 2012年5月9日
NPB / 2012年8月25日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
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経歴

プロ入りとホワイトソックス傘下時代

2004年のドラフト5巡目(全体149位)でシカゴ・ホワイトソックスから指名され入団。

ダイヤモンドバックス時代

ダイヤモンドバックス時代(2011年)

2009年7月7日にトニー・ペーニャとのトレードでアリゾナ・ダイヤモンドバックスに移籍した[1]。同年8月22日のヒューストン・アストロズ戦でメジャーデビュー。

2010年は8月末まではAAA級リノ・エーシズでプレー。9月のロースター拡大に伴ってメジャーに昇格すると、9月1日のサンディエゴ・パドレス戦で満塁ホームランを放った[2]。

アスレチックス時代

2011年7月31日にブラッド・ジーグラーとのトレードで、ジョーダン・ノルベルトと共にオークランド・アスレチックスに移籍[3]。8月23日には1試合2本塁打を記録したが、9月にはチームの一塁手としては92年ぶりの記録となる14試合連続三振を喫した。

レイズ時代

2012年4月19日にウェーバー公示を経てタンパベイ・レイズへ移籍。26日のロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム戦の移籍後初打席で本塁打を放った。

ソフトバンク時代

2012年7月28日に福岡ソフトバンクホークスと契約したことが発表された。背番号はこのシーズン途中に退団となったアレックス・カブレラが着用していた「42」。

カブレラに代わる左の長距離砲として期待されたが、シーズン途中からの加入というのもあり、日本の投手に上手く適応できずに一軍成績は12試合、打率.171、0本塁打と振るわず、ファームでも成績がなかなか伸びずに、シーズン終了後の10月25日に退団が発表され[4]、11月1日付で自由契約となった[5]。

レンジャーズ傘下時代

2012年12月6日にテキサス・レンジャーズとマイナー契約を結び、翌年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[6]。

2013年3月31日に自由契約となった[7]。

パドレス傘下時代

2013年4月8日にサンディエゴ・パドレスとマイナー契約を結んだ[6]。オフの11月4日にFAとなった[6]。

メッツ傘下時代

2013年11月19日にニューヨーク・メッツとマイナー契約を結び、翌年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[8]。

2014年11月13日にマイナー契約でメッツと再契約した[6]。

2015年オフの11月6日に自由契約となった[6]。

レッズ傘下時代

2015年11月21日にシンシナティ・レッズとマイナー契約を結んだ[6]。

2016年10月11日で自由契約となった[6]。この年限りで現役を引退した。

現役引退後

現役引退後はセントルイス・カージナルス傘下のマイナー球団でコーチを歴任しており、2017年はルーキー級ジョンソンシティ・カージナルス(英語版)、2018年はA+級パームビーチ・カージナルス(英語版)、2019年はAA級スプリングフィールド・カージナルス、2020年からはAAA級メンフィス・レッドバーズの打撃コーチ[9]を務めた。

2023年シーズンより、カージナルスの打撃コーチ補佐に就任した[10]。

選手としての特徴

ポール・コネルコの後継者と目された長打力を持ち味とする[11]。ボールをじっくりと見て失投を見逃さず叩くタイプで[12]、メジャー通算のIsoD.087と選球眼に優れる。

一方でメジャー通算の三振率が35パーセントを越えるなど三振が多い他、メジャー通算の対左打率.134と左投手に弱く[11]、2010年にはマイナーで自己最多の本塁打数を記録したが、25本塁打のうち21本が右投手からのものだった[12]。

守備では主に一塁手として起用される他、外野の両翼も経験がある。大学時代にはアメリカンフットボールのラインバッカーを経験しており、体格の割に敏捷性に優れるが[11]、一塁守備はメジャー通算のDRS-5、UZR-1.8と平均を下回る。

詳細情報

年度別打撃成績

さらに見る 年 度, 球 団 ...
年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
2009 ARI 321161041321704401400001220404.202.284.385.669
2010 22564551230118600011010200.267.393.400.793
2011 113729550031471000721130.172.351.483.834
OAK 411581461830923521120011110550.205.259.356.616
'11計 521951752335926661830011831680.200.277.377.654
2012 3770000000000000050.000.000.000.000
TB 715133200153000020040.154.267.385.651
MLB12計 1022203200153000020090.100.182.250.432
ソフトバンク 12363546100710000100130.171.194.200.394
MLB:4年 11638934444701921212941300242611374.203.290.375.665
NPB:1年 12363546100710000100130.171.194.200.394
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記録

NPB

背番号

  • 29 (2010年 - 2011年途中)
  • 14 (2011年途中 - 2012年途中)
  • 19 (2012年途中)
  • 42 (2012年途中 - 同年終了)

脚注

関連項目

外部リンク

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