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ブルグント王国

ローヌ川流域を領土として存在した王国 From Wikipedia, the free encyclopedia

ブルグント王国(ブルグントおうこく)は、ローヌ川流域を領土として存在した王国。現在のフランス、スイスにまたがっており、ブルゴーニュ=フランシュ=コンテ地域圏、オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏、及びスイスのフランス語圏とおおよそ一致する。9世紀末からは プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュールも領域に含んだ。

523年-534年 ゴドマール(ブルグント族最後の国王)
879年-887年 ボソ(キスユラ・ブルグント王国初代)
概要 ブルグント王国, 首都 ...
ブルグント王国
仏: Royaume de Bourgogne
独: Königreich Burgund
ブルグントの位置
ブルグント王国の481年頃の版図(黄緑)
首都 ヴォルムス、リヨン、アルル
王
411年 - 436年 グンダハール(初代)
523年 - 534年 ゴドマール(ブルグント族最後の国王)
879年 - 887年 ボソ(キスユラ・ブルグント王国初代)
888年 - 912年 ルドルフ1世(ユーラ・ブルグント王国初代)
993年 - 1032年 ルドルフ3世(独自の王として最後)
変遷
成立 411年
ブルグント族のブルグント王国滅亡 534年
キスユラ・ブルグント王国成立 879年
ユーラ・ブルグント王国成立 912年
ブルグント王家断絶、神聖ローマ帝国の一部となる 1032年
先代 次代
  1. 表記は神聖ローマ帝国がフランス王国にブルグントを割譲した年。ブルグント族のブルグント王国滅亡は534年。879年にキスユラ・ブルグント王国成立、912年にユーラ・ブルグント王国成立。ユーラ・ブルグント王は933年にキスユラ・ブルグント王国を併合し単にブルグント王国、アルル王国と呼ばれる国となる。1032年にはブルグント王家が断絶し、神聖ローマ帝国に組み込まれる。
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ブルグント族が443年にサヴォイに定住した後の、ブルグント族の"第一の王国"
アルル王国を通称とするブルグント"第二の王国"(緑色)。12~13世紀。
"第三のブルグント王国"とも呼ばれるブルゴーニュ公国。1465年–1477年。

名称

歴史

関連項目

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