ブルース・ジュアニー

From Wikipedia, the free encyclopedia

生年月日 (1978-06-11) 1978年6月11日(47歳)
出身地 フランスの旗 フランスパリ
デビュー 2005
ブルース・ジュアニー
Bruce Jouanny
基本情報
国籍 フランスの旗 フランス
生年月日 (1978-06-11) 1978年6月11日(47歳)
出身地 フランスの旗 フランスパリ
Le Mans Series (LMP1)での経歴
デビュー 2005
所属 Pescarolo Sport
過去所属 Saulnier Racing (current OAK Racing) 2007
Courage Yokohama and Rollcentre Racing 2005
出走回数 9
優勝回数 0
ポールポジション 0
ファステストラップ 0
シリーズ最高順位 Le Mans 24h 2009 8th and 3rd Petrol car. (2005)
過去参加シリーズ
2007
2006
200304
2001–02
2001
2001
1998–99
Le Mans Series LMP2
Formula Renault 3.5 Series
World Series by Nissan
British Formula Three Championship
All-Japan Formula Three
Formula Palmer Audi Junior
French Formula Renault
選手権タイトル
2000 Formula Palmer Audi Junior
受賞
- Prix Jean Rondeau for Best Rookie in the Le Mans 24H 2005
- Marcel Albers Prize at the F3 Marlboro MAsters of Zandvoort for Fastest Lap 2002.
ル・マン24時間での経歴
2005, 2007, 2009
チームCourage Compétition, Saulnier Racing, Pescarolo Sport
最高位8th (2009)
クラス優勝0

ブルース・ジュアニーBruce Jouanny1978年6月11日 − )は、フランスレーシングドライバー[1]パリ出身。

1996年にフランス・フォーミュラ・ルノーにスポット参戦デビュー。1997年より同シリーズにフル参戦を開始。3シーズン目となる1999年に5勝、全21戦中16回で表彰台に立つ好成績を挙げランキング3位を獲得する。

2000年よりフォーミュラ・パーマー・アウディ英語版に参戦しシリーズチャンピオンを獲得すると、2001年にイギリス・フォーミュラ3選手権へとステップアップする。イギリスでのシーズン終了後、同年10月には来日しINGINGの一員として全日本F3選手権最終戦のもてぎラウンドにスポット参戦しレース1で9位、レース2で10位と着実なレースを見せた[2]

2002年のイギリスF3選手権でダラーラ無限に乗り2勝を挙げランキング4位を得ると、2003年からのカーリン・モータースポーツ加入が決定。ナレイン・カーティケヤンのチームメイトとしてワールドシリーズ・バイ・ニッサンへとステップアップし、マニクール・サーキットでのポールポジション獲得や、モンツァ・サーキットA1リンクでの表彰台獲得など速さを見せランキング10位となった。フォーミュラへの参戦は2006年のフォーミュラ・ルノー3.5シリーズ英語版(ダラーラ・FR35 ルノー)への参戦が最後となった。同年の決勝最高位はブガッティ・サーキットでの8位だった。

2004年12月にカリフォルニア・スピードウェイで行われた『JGTCオールスターUSA200』のGT500クラスにチーム国光withムーンクラフトのCドライバーとしてホンダ・NSX(RAYBRIG NSX)で参戦[3]中野信治加藤寛規をサポートし、第1レースで6位入賞に貢献した。

2005年よりル・マン24時間レースに参戦。それ以降、フォーミュラカーからスポーツカーレースの活動にシフトする事となる。2007年と2009年はル・マン・シリーズに参戦し、2007年にはLMP2クラスでシリーズ9位に入った。

2008年に発足したスーパーリーグ・フォーミュラの公式な車両開発者としてテストドライバーに就任し[4]、同シリーズの中継解説者も務めた。

その他にも、トップ・ギア フランスへの出演や、パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム等に参戦する等マルチな活動を続けている。

戦績

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI