加藤寛規

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加藤 寛規(かとう ひろき、1968年2月23日 - )は、神奈川県伊勢原市出身のレーシングドライバー

  • 身長: 167cm
  • 体重: 58kg
  • 血液型:RH+B型

経歴

1990年にカートレースを始め、1992年にフォーミュラ・トヨタで本格的に4輪レースにデビュー。1993年にはシリーズ2位を獲得。1994年からは全日本F3選手権に参戦。1995年にはシリーズ3位、1998年にはマカオグランプリでFPトップタイムを記録、決勝でも6位入賞を果たすなど活躍。ここでの活躍が認められ海外のレースにも参戦するようになる。

1999年には郷和道率いるチーム郷よりBMWル・マン24時間レースに出場するがリタイアに終わる。2000年にはアメリカン・ル・マンシリーズに日本人初のワークスドライバーとしてパノスから参戦し、シリーズ10位。2001年には童夢S101FIA スポーツカー選手権に参戦し、第4戦ブルノで初優勝。童夢にとって国際格式レース初優勝であり、日本人ドライバーまたは日本人チームによるFIA耐久レース優勝は1985年以来の快挙であった[1]。さらに、第7戦モンデロ・パークで2勝目を挙げるなど[2]、シリーズランキング2位と大活躍を見せた。

全日本GT選手権SUPER GTには1997年より参戦を開始。2001年よりGT500クラスにTAKATA童夢NSXで参戦。翌年2002年にはチーム国光に移籍し、同じくGT500クラスにRAYBRIG NSXで参戦した(~2004年)。2005年には坂東正明率いるRACING PROJECT BANDOH(別名・爆走坂東組)に移籍し、GT300クラスにウェッズスポーツセリカで参戦した。同年の鈴鹿1000kmでベルノ東海Dream28に助っ人ドライバーとして起用され、翌2006年に同チームへ正式に移籍。2006年、2007年にはシリーズ2位と、GT300クラスでも上位争いを繰り広げた。

2005年にはINGINGより全日本F3選手権にスポット参戦。2007年より同チームのアドバイザーとしても活動、2009年から戸田レーシングの監督に就任している。

2017年、スーパー耐久にて新設されたST-TCRクラスにシビックTCRで参戦しシリーズチャンピオンを獲得。

2020年、同年に発足するフォーミュラ・リージョナル・ジャパニーズ・チャンピオンシップのドライビングアドバイザーに就任した。

2021年、2022年にはスーパー耐久ST-1クラスでKTM X-BOW GTXを駆り、2年連続でシリーズチャンピオンを獲得した。

ドライバー業以外に、実家が経営する「大山豆腐」[3]の仕事(子会社の「麦とろ納豆」の社長[4]など)も続けていたが、大山豆腐は2017年に倒産し、自らが社長を務める関連会社の「加藤企画」もそれに伴い連鎖倒産[5]。以後はモータースポーツ関連の仕事に事実上専念している。

レース戦績

脚注

外部リンク

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