プリモシュ・ログリッチ

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愛称 Rogla(ログラ)
生年月日 (1989-10-29) 1989年10月29日(36歳)
プリモシュ・ログリッチ
Primož Roglič
基本情報
愛称 Rogla(ログラ)
生年月日 (1989-10-29) 1989年10月29日(36歳)
国籍 スロベニアの旗 スロベニア
出身地 トルボヴリェ
身長 177cm
体重 65kg
選手情報
所属 レッドブル・ボーラ・ハンスグローエ
分野 ロードレース
役割 選手
特徴 オールラウンダー[1]
プロ経歴
2013-2015 アドリアモービル
2016-2023 チーム・ユンボ・ヴィスマ
2024- ボーラ=ハンスグローエ
グランツール最高成績
ジロ・デ・イタリア 総合優勝 (2023)
ツール・ド・フランス 総合2位 (2020)
ブエルタ・ア・エスパーニャ 総合優勝 (2019, 2020, 2021, 2024)
主要レース勝利

ブエルタ・ア・エスパーニャ
・総合優勝 (2019, 2020, 2021, 2024)
・区間通算15勝
ジロ・デ・イタリア
・総合優勝 (2023)
・区間通算4勝
ツール・ド・フランス
・区間通算3勝
クリテリウム・デュ・ドフィネ
・総合優勝 (2022, 2024)
・区間通算3勝
ティレーノ〜アドリアティコ
・総合優勝 (2019, 2023)
・区間通算4勝
イツリア・バスク・カントリー
・総合優勝 (2018, 2021)
・区間通算6勝
ツール・ド・ロマンディ
・総合優勝 (2018, 2019)
・区間通算1勝
ボルタ・ア・カタルーニャ
・総合優勝 (2023, 2025)
・区間通算4勝
パリ〜ニース
・総合優勝 (2022)
・区間通算4勝
UAEツアー
・総合優勝 (2019)
・区間通算1勝
ブエルタ・ア・ブルゴス
・総合優勝 (2023)
・区間通算2勝
リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ (2020)

スロベニアの旗 スロベニア選手権
 個人タイムトライアル (2016)
 個人ロードレース (2020)
獲得メダル
オリンピック
2020 東京個人タイムトライアル
世界選手権自転車競技大会
2017 ベルゲン個人タイムトライアル
最終更新日
2025年3月30日

プリモシュ・ログリッチ(Primož Roglič、1989年10月29日 - )は、スロベニアトルボヴリェ出身の自転車競技ロードレース)選手。元スキージャンプ選手。一時は「プリモシュ・ログリッチェ」とも表記された。

2004年-2011年、スキージャンプ選手として活躍。2007年のノルディックスキージュニア世界選手権ではスロベニアチームの一員として団体優勝[2]、個人戦5位。2011年にはドイツオーベルストドルフフライングジャンプ台で183メートルを記録している。

2012年、スキージャンプ選手を引退。自転車ロードレース選手としてのトレーニングを始める。

2013年、アドリアモービルにてプロキャリアスタート。

2015年、クロアチア、スロベニアのレースで成績を残す。

2016年、チーム・ロットNL・ユンボに移籍。初出場のグランツールであるジロ・デ・イタリアの第1ステージ個人タイムトライアルで2位、第9ステージの個人タイムトライアルでは優勝し、一躍ビッグネーム入りを果たした[3]

2017年、ヴォルタ・アン・アルガルヴェでは並み居る強豪を抑えて総合優勝を獲得した[4]バスク一周第4ステージではゴール前2.5kmで飛び出し独走勝利[5]ツール・ド・フランス第17ステージではスロベニア人初のステージ優勝を達成した[6]世界選手権個人タイムトライアルでは2位に入る。

2018年、バスク一周にて総合優勝。ツール・ド・フランスでは、第19ステージにてダウンヒルにて総合勢を引き離し、2年連続の山岳ステージ優勝、総合3位に順位を上げた[7]。続く第20ステージの個人タイムトライアルにてクリス・フルームに表彰台の座を明け渡したが、結果総合4位とグランツールレーサーとしての地位を確立させた[8]

2019年、UAEツアーにて、初日のチームタイムトライアルを制し、第6ステージの標高1,458mジュベルジャイスでも勝利を収め、総合優勝を果たす[9]ティレーノ〜アドリアティコツール・ド・ロマンディでも総合優勝し、ステージレース3連勝。続くジロ・デ・イタリアでは本命と目されたものの、総合3位の結果に終わった。

同年、ブエルタ・ア・エスパーニャでライバル達に圧倒的かつ安定的な走りを見せ、自身初のグランツールでの総合優勝に輝く。

2020年、ツール・ド・フランスでは第4ステージで勝利を挙げ、総合3位に順位を上げた[10]。続く第9ステージで2着となり総合首位に立ち、初のマイヨ・ジョーヌ着用[11]。そのまま総合首位をキープし、第19ステージ終了時点で総合2位のタデイ・ポガチャルに57秒差をつけていた。しかし、第20ステージ山岳個人タイムトライアルで、ポガチャルから1分56秒タイムを失い首位陥落[12]。59秒遅れの総合2位という結果に終わった。

同年、リエージュ〜バストーニュ〜リエージュではゴール前、勝利を確信し両手を上げたアラフィリップを僅かに差し切り、モニュメント初制覇[13]ブエルタ・ア・エスパーニャではステージ4勝を挙げ、2年連続で総合優勝とポイント賞を獲得した[14]

2021年、ツール・ド・フランスに出場したものの、第3ステージで落車した影響から、第9ステージを出走せずリタイヤ[15]。東京オリンピックの個人タイムトライアルで優勝を果たす[16]。ブエルタ・ア・エスパーニャでは、個人TT2勝を含むステージ4賞を挙げ、3連覇を果たした[17]

2022年、パリ~ニースで総合優勝を果たし幸先の良いスタートを切り、ツール・ド・フランスに出場するが、第5ステージで落車し脱臼[18]。総合争いから離脱し、結果的には第15ステージで出走せず棄権し、4連覇を目指すブエルタ・ア・エスパーニャへ向け回復を優先させることとなった[19][20]。4連覇を目指すブエルタ・ア・エスパーニャは、チームTTで優勝[21]し、ステージ1勝を挙げるが、一時は総合首位に立つ[22]が、レムコ・エヴェネプールに後れをとり追いかける展開が続く中、第16ステージのゴール直前で落車[23]。ゴールはしたものの、落車が響き翌第17ステージに出走せず、リタイヤした[24]

主な戦績

脚注

外部リンク

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