ベーブ・アダムズ

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生年月日 1882年5月18日
没年月日 (1968-07-27) 1968年7月27日(86歳没)
ベーブ・アダムズ
Babe Adams
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 インディアナ州ティプトン
生年月日 1882年5月18日
没年月日 (1968-07-27) 1968年7月27日(86歳没)
身長
体重
? cm
185 lb =約83.9 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 投手
初出場 1906年4月18日
最終出場 1926年8月11日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

チャールズ・ベンジャミン・"ベーブ"・アダムズCharles Benjamin "Babe" Adams, 1882年5月18日 - 1968年7月27日)は、メジャーリーグベースボールの右投左打の投手アメリカ合衆国インディアナ州出身。

1906年セントルイス・カージナルスでメジャーデビューを果たす。その年は1試合登板に終わったが、翌1907年9月にピッツバーグ・パイレーツへと移籍すると、徐々に力を付けはじめ、1909年にシーズンで12勝、防御率1.11の驚異的な数字をマークすると、ワールドシリーズでも第1戦、第5戦、第7戦で勝ち投手となり、チームのワールドシリーズ制覇に大きく貢献した。尚、ルーキーがワールドシリーズ第7戦の勝利投手となったのは2002年のジョン・ラッキーまで唯一の記録であった。この年以降、パイレーツの先発投手に定着。長きに渡って好成績を残し続け、1926年に引退するまでに20勝を2度、10勝を11度記録した。

当時の野球は投高打低であったため、パイレーツでも絶対的なエースというわけではなかったが、それでもチームの右投げの投手では最多の194勝、1962年まではチーム記録だった481試合登板を記録した。後述する抜群のコントロールのよさも手伝って、パイレーツ史上屈指の投手の一人であることは間違いないだろう。

1922年から1926年の5年間はナショナル・リーグで最年長の選手だった(球界最年長には1度もなっていない)。

1968年のため死亡した。

抜群のコントロール

アダムズは非常にコントロールの良い投手として知られていた。その裏づけとして、以下のようなものがある。

  • 彼が通算で残した9回あたりの与四球1.29という数字は、20世紀の投手の中では2番目の数字だった。
  • 1914年7月17日のニューヨーク・ジャイアンツ戦では、21回を1人で投げぬきながらも、1つも四球を出さないという驚異的なピッチングを見せた(ただし、21回表にスリーランホームランを浴び、試合には敗れている)。
  • 1920年は、約14.2回に1個しか四球を与えなかった(263回で18四球)。この数字は、2005年に当時ミネソタ・ツインズカルロス・シルバが、約21回で1個(188.1回で9四球)という記録を打ち立てるまで、近代野球(20世紀以降)のシーズン記録だった。

詳細情報

脚注

外部リンク

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