ザック・デューク

アメリカの野球選手 (1983 - ) From Wikipedia, the free encyclopedia

ザカリー・トーマス・デューク(Zachary Thomas Duke、1983年4月19日 - )は、アメリカ合衆国テキサス州ボスキー郡クリフトン英語版出身のプロ野球選手投手)。左投左打。現在は、フリーエージェント(FA)。

出身地 テキサス州ボスキー郡クリフトン英語版
生年月日 (1983-04-19) 1983年4月19日(42歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
210 lb =約95.3 kg
概要 基本情報, 国籍 ...
ザック・デューク
Zach Duke
ミネソタ・ツインズ時代
(2018年3月29日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 テキサス州ボスキー郡クリフトン英語版
生年月日 (1983-04-19) 1983年4月19日(42歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
210 lb =約95.3 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2001年 MLBドラフト20巡目
初出場 2005年7月2日 ミルウォーキー・ブルワーズ
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
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経歴

プロ入りとパイレーツ時代

2001年MLBドラフト20巡目(全体594位)でピッツバーグ・パイレーツから指名され、7月31日に契約。

2002年、ルーキー級ガルフ・コーストリーグ・パイレーツでプロデビュー。11試合に先発登板して8勝1敗、防御率1.95、48奪三振を記録した。

2003年はA級ヒッコリー・クロウダッズでプレーし、26試合に先発登板して8勝7敗、防御率3.11、113奪三振を記録した。

2004年はA+級リンチバーグ・ヒルキャッツとAA級アルトゥーナ・カーブの2球団合計でパイレーツ傘下のマイナー選手として最多の15勝を挙げ、142奪三振は2位となった。この活躍を受け、パイレーツ傘下の最優秀マイナー投手やカロライナリーグの最優秀投手に選出された[1]

2005年はAAA級インディアナポリス・インディアンスで開幕を迎え、16試合に登板して12勝3敗・防御率2.92・66奪三振の好成績を残し、7月1日にパイレーツとメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[2]。7月2日のミルウォーキー・ブルワーズ戦でメジャーデビュー。7回を5安打3失点9奪三振に抑えたが、勝ち負けは付かなかった。メジャー2試合目の登板となった7月7日から8月18日にかけて6連勝を記録。7月・8月と2ヶ月連続で月間最優秀新人を受賞。7月に記録した月間防御率0.87は両リーグ1位(25イニング以上)、22イニング連続無失点はナショナルリーグ新人選手としては2001年にロイ・オズワルトが24イニング連続無失点を記録して以降の最長記録となった[3]。8月23日の登板の後、27日に15日間の故障者リスト入りとなり、9月16日のシンシナティ・レッズ戦で復帰。この年は14試合に登板し、8勝2敗を記録。新人王の投票では5位に入った。

2006年は開幕から先発ローテーションの一角として34試合に登板。ホームで9勝4敗と勝ち越したが一方、アウェーでは1勝11敗と負け越した[4]

2007年3月7日にパイレーツと1年契約に合意。初の開幕投手を務めるも肘を痛め、6月1日から15日間の故障者リスト入り[5]し、8月14日に60日間の故障者リストへ異動した。シーズン終盤の9月に復帰を果たし、シーズン終了までに3試合に登板した。この年は20試合(先発19試合)に登板して3勝8敗、防御率5.53、41奪三振を記録した。

2008年3月10日にパイレーツと1年契約に合意[6]。この年は31試合に先発登板して5勝14敗、防御率4.82、87奪三振を記録した。

2009年1月20日にパイレーツと220万ドルの1年契約に合意[7]。開幕後は8勝8敗・防御率3.29の成績で、右肘を痛めたマット・ケインに代わりオールスターに選出された。パイレーツの先発投手としては1995年デニー・ネーグル以来14年ぶり[8]。オールスター以降、3勝8敗、防御率5.17と調子を落とし、リーグワーストの16敗を喫した。

2010年1月19日にパイレーツと1年契約に合意[9]。この年は29試合に先発登板して8勝15敗、防御率5.72と結果を残せず、オフの11月19日にDFAとなった[10]

ダイヤモンドバックス時代

2010年11月24日にシーザー・バルデスとのトレードアリゾナ・ダイヤモンドバックスへ移籍した[11]。12月2日にダイヤモンドバックスと350万ドルの1年契約(2012年・550万ドルのミューチュアル・オプション付き[12])に合意した[13][14]

2011年3月30日に左手の骨折で15日間の故障者リスト入りし、5月28日に復帰した。この年は21試合に登板して3勝4敗、防御率4.93だった。チームはディビジョンシリーズに進出したが、ロースター入りすることはできなかった。オフの10月31日にダイヤモンドバックスがミューチュアル・オプションを破棄したため、FAとなった。

ナショナルズ時代

2012年1月27日にヒューストン・アストロズとマイナー契約を結んだ[15]スプリングトレーニングでは4試合に登板したが、0勝3敗、防御率11.30と結果を残せず、開幕前の3月27日に自由契約となった[16]

その後、3月29日にワシントン・ナショナルズとマイナー契約を結んだ[17]。開幕後は傘下のAAA級シラキュース・チーフスで26試合に登板して15勝5敗、防御率3.51、91奪三振を記録した。9月3日にナショナルズとメジャー契約を結んだ[18]。昇格後はリリーフとして8試合に登板し、1勝0敗、防御率1.32、10奪三振を記録した。オフの12月3日にナショナルズと1年契約に合意した[19]

2013年は開幕ロースター入りし、開幕後はリリーフとして12試合に登板したが、1勝1敗、防御率8.71と結果を残せず、6月4日にDFAとなった[20]。その後、6月10日に自由契約となった[21]

レッズ時代

2013年6月13日にレッズとマイナー契約を結んだ[22]。契約後はAAA級ルイビル・バッツでプレーしていたが、8月3日に自由契約となった。8月13日にレッズとマイナー契約で再契約した。AAA級ルイビルでは26試合に登板して2勝0敗、防御率1.30、34奪三振を記録した。8月30日にレッズとメジャー契約を結び、14試合に登板して0勝1敗、防御率0.84、7奪三振を記録した。オフの10月31日にFAとなった[18]

ブルワーズ時代

2014年1月15日にブルワーズとマイナー契約を結び[23]、3月25日にメジャー契約を結んだ[24]。開幕後はリリーフとして起用され、自己最多の74試合に登板。5勝1敗、防御率2.45、74奪三振と完全復活を果たした。オフの10月30日にFAとなった[18]

ホワイトソックス時代

2014年11月18日にシカゴ・ホワイトソックスと総額1500万ドルの3年契約[25]を結んだ[26]

2015年、2年連続70試合以上となる71試合に投げて、通算350試合登板を突破。だが、60.2イニングで本塁打を9本も浴びて、防御率も前年から1.00近く悪化するなど、やや調子を落としたシーズンとなった。

2016年もブルペンの中心格としてフル起用され、シーズン途中の時点で53試合に登板して2勝0敗1セーブ、防御率2.63、WHIP1.25という好成績を残していた。特に際立っていたのは奪三振率の高さで、37.2イニングで42奪三振・奪三振率10.0を記録していた。

カージナルス時代

2016年7月31日にチャーリー・ティルソンとのトレードで、セントルイス・カージナルスへ移籍した[27]。カージナルス加入後は調子を上げ、28試合のリリーフ登板で防御率1.93・1敗1セーブ・WHIP1.29・奪三振率10.0という好成績を記録した。課題としては、四球を出す頻度が高く与四球率は5.0だった。なお、ホワイトソックスとの合算では、81試合のリリーフ登板で防御率2.36・2勝1敗2セーブ、61.0イニングで29四球、68奪三振、WHIP1.26という素晴らしい成績が残った[18]。登板試合数は、同年のメジャー全体2位だった[28]。シーズン終了後にトミー・ジョン手術を受け、2017年シーズンは全休の見込み[29]であったが、7月22日シカゴ・カブス戦で復帰した。オフの11月2日にFAとなった[30]

ツインズ時代

2017年12月26日にミネソタ・ツインズと1年契約を結んだ[31]

マリナーズ時代

2018年7月30日にチェイス・デヨングライアン・コステロ英語版とのトレードで、金銭と共にシアトル・マリナーズへ移籍した[32]。オフの10月29日にFAとなった[18]

レッズ復帰

2019年2月11日にレッズと1年200万ドルの契約を結んだ[33]。7月1日にDFAとなり[34]、6日に自由契約となった[18]

詳細情報

年度別投手成績

さらに見る 年 度, 球団 ...




















































W
H
I
P
2005 PIT 14140008200.80034184.27932322581020171.811.20
2006 3434210101500.400935215.1255176867117811161074.471.50
2007 20190003800.273482107.1161142523410174665.531.73
2008 313111051400.263829185.02301947178722111994.821.50
2009 3232310111600.407891213.023123490310621101964.061.31
2010 292900081500.348730159.021225512496431151015.721.65
2011 ARI 2190003410.42933876.210161901321042424.931.57
2012 WSH 8000010001.0005613.21104001000221.321.10
2013 1210001100.50010120.2312831111022208.711.89
CIN 1400000101.0004110.281200710110.840.94
'13計 2610001201.33314231.13931031182023216.031.56
2014 MIL 74000051012.83323858.24931710743019162.451.13
2015 CWS 71000036126.33325560.24793243660026233.411.30
2016 530000201201.00015937.23121632422011112.631.25
STL 2800000116.0009923.117013022620551.931.29
'16計 81000021226.66725861.04822934684016162.361.26
2017 2700001106.5007418.11336221220883.931.04
2018 MIN 45000034012.42917837.14401545393019153.621.58
SEA 2700002105.6676214.21316011200995.521.30
'18計 72000055017.50024052.05712146513028244.151.50
2019 CIN 3000003104.75010623.12141812180013135.011.67
MLB:15年 5701696306991492.43159151360.0155413241931458543287146514.311.45
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  • 2019年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

記録

背番号

  • 57(2006年 - 2010年)
  • 19(2011年)
  • 30(2012年 - 2013年)
  • 59(2014年)
  • 33(2015年 - 2016年途中、2018年7月31日 - 同年終了)
  • 29(2016年途中 - 2017年)
  • 32(2018年 - 同年7月29日、2019年)

脚注

関連項目

外部リンク

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