ジョン・リーバー
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フィリーズ在籍時のリーバー(2007年) | |
| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | アイオワ州カウンシルブラフス |
| 生年月日 | 1970年4月2日(54歳) |
| 身長 体重 |
6' 2" =約188 cm 240 lb =約108.9 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1992年 MLBドラフト1巡目(全体42位)でボストン・レッドソックスから指名 |
| 初出場 | 1994年5月15日 |
| 最終出場 | 2008年9月5日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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ジョン・リーバー(Jon Lieber)ことジョナサン・レイ・リーバー(Jonathan Ray Lieber, 1970年4月2日 - )は、アメリカ合衆国アイオワ州カウンシルブラフス出身。MLBのプロ野球選手。投手、右投左打。
1991年にシカゴ・カブスからドラフト9巡目で指名されたが契約せず、1992年にカンザスシティ・ロイヤルズからドラフト2巡目で指名され入団。1993年7月31日にスタン・ベリンダとのトレードでダン・ミセリとともにピッツバーグ・パイレーツへ移籍。
1994年5月15日にメジャーデビューを果たし、パイレーツでは1998年までの5年間過ごし、1998年12月14日にブラント・ブラウンとのトレードでシカゴ・カブスへ移籍。カブス移籍2年目の2000年、リーグ最多タイの35試合に先発し、リーグ最多の251イニングを投げた。12勝・192奪三振と、自己最高を更新。2001年にはオールスター初選出を果たし、初の20勝の大台に到達。サイ・ヤング賞の投票では4位に入った。2002年、カブスで3年連続で開幕投手を務めたが、8月1日の登板を最後にシーズンを終え、トミー・ジョン手術を受けた。
トミー・ジョン手術のため、少なくとも2003年8月までは投げられないと見られていたが、2003年1月24日にニューヨーク・ヤンキースと2年契約(3年目は球団オプション)に合意[1]。2003年はメジャーでの登板機会はなく、マイナーリーグで3試合に登板しただけでシーズンを終えたが、2004年はメジャーでチーム最多タイの14勝を挙げた。
2004年12月8日、3年総額2100万ドルでフィラデルフィア・フィリーズへ移籍[2]。2005年は17勝を挙げたが、2006年は9勝、2007年は3勝と勝ち星が年々減少。2007年は6月20日の登板を最後にシーズンを終え、7月6日に右足の手術を受けた[3]。
2008年1月16日にカブスと1年350万ドルの契約に合意[4]。2008年はリリーフとして起用され26試合中25試合にリリーフ登板。シーズン終了後、代理人を通して引退を表明[5]。
エピソード
- リーバーは2001年5月24日の対レッズ戦で1安打完封を記録しているが、この時の投球数は78球であった。これは投球数が正確に記録された1988年以降、完封勝利を記録した選手の中で最も少ない投球数であった(2023年シーズン終了時点)。