ホルヘ・ロンドン

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生年月日 (1988-09-16) 1988年9月16日(37歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
215 lb =約97.5 kg
ホルヘ・ロンドン
Jorge Rondón
基本情報
国籍 ベネズエラの旗 ベネズエラ
出身地 グアリコ州カラボソ
生年月日 (1988-09-16) 1988年9月16日(37歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
215 lb =約97.5 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2006年 アマチュア・フリーエージェント
初出場 MLB / 2014年6月29日
NPB / 2017年5月30日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ホルヘ・レオナルド・ロンドン・エルナンデスJorge Leonardo Rondón Hernandez, 1988年2月16日[1] - )は、ベネズエラグアリコ州カラボソ出身のプロ野球選手投手)。右投右打。

プロ入りとカージナルス時代

2006年7月3日にセントルイス・カージナルスと契約。この年は傘下のルーキー級ベネズエラン・サマーリーグ・カージナルスで10試合に登板し、0勝1敗1セーブ・防御率6.46だった。

2007年はルーキー級ベネズエラン・サマーリーグで17試合に登板し、1勝6敗2セーブ・防御率4.74だった。

2008年アパラチアンリーグのルーキー級ジョンソンシティ・カージナルス英語版で21試合に登板し、2勝2敗6セーブ・防御率4.03だった。8月にA級クァッドシティズ・リバーバンディッツ英語版へ昇格。8試合に登板し、1勝0敗・防御率3.24だった。

2009年はA+級パームビーチ・カージナルス英語版で8試合に登板し、0勝1敗、防御率7.71だった。7月からA級クァッドシティズでプレー。10試合に登板し、1勝5敗・防御率4.27だった。

2010年はA級クァッドシティズで29試合に登板し、4勝8敗・防御率5.30だった。

2011年はA+級パームビーチで21試合に登板し、1勝5敗6セーブ・防御率4.05だった。6月にAA級スプリングフィールド・カージナルスへ昇格。37試合に登板し、1勝8敗7セーブ・防御率9.16だった。

2012年はAA級スプリングフィールドで33試合に登板し、2勝1敗4セーブ・防御率3.44だった。8月にAAA級メンフィス・レッドバーズへ昇格。13試合に登板し、0勝1敗1セーブ・防御率3.60だった。オフの10月30日にカージナルスとメジャー契約を結び[2]40人枠入りを果たした。

2013年はAAA級メンフィスで51試合に登板し、3勝5敗1セーブ、防御率3.06だった。

2014年はAAA級メンフィスで開幕を迎えた。4月17日にジョー・ケリーが故障で離脱したため、メジャーへ昇格した[3]が、登板のないまま4月21日にAAA級メンフィスへ降格した[4]。6月29日にメジャーへ再昇格し[5]、同日のロサンゼルス・ドジャース戦でメジャーデビュー。6点ビハインドの7回裏から登板し、1回を無安打無失点1四球に抑えた[6]。6月30日にAAA級メンフィスへ降格した[7]。その後はメジャーへ昇格することなく、この年は1試合の登板にとどまった。AAA級メンフィスでは51試合に登板し、5勝4敗10セーブ、防御率3.03だった。

ロッキーズ時代

2014年11月3日にウェイバーコロラド・ロッキーズへ移籍した[8]

2015年はロッキーズで2試合に登板後、5月2日に戦力外となった[9]

オリオールズ時代

2015年5月10日にウェイバーでボルチモア・オリオールズへ移籍した[10]。オリオールズ加入後は8試合に登板したが、防御率7.43だった。ロッキーズとの合算では10試合に投げ、防御率は13.19だった。10月20日にバンス・ウォーリーの加入に伴って戦力外となった[11]

パイレーツ時代

2015年10月26日にウェイバーでピッツバーグ・パイレーツへ移籍した[12]。12月23日に40人枠を外れる形で傘下のAAA級インディアナポリス・インディアンスへ配属された[13]

2016年6月18日にメジャー契約を結んで25人枠入りした[14]。2試合に登板後、6月24日にDFAとなり[15]、マイナー契約に切り替えてシーズン終了まで在籍した。

中日時代

2016年12月13日にシカゴ・ホワイトソックスとマイナー契約を結んだが、ウインターミーティング中日ドラゴンズが獲得交渉を行い、12月28日に獲得が決定した[16]

2017年1月5日に保有権を譲渡され、翌6日に中日への入団が正式発表された[17]。背番号は91。一軍で4試合登板したものの結果は振るわず、シーズン終了後契約保留選手名簿から外れ、自由契約となった[18]

2018年シカゴ・ホワイトソックス傘下AA級のバーミングハム・バロンズに入団したが、5月10日に契約解除で退団した[19]

福島時代

2018年6月27日、ベースボール・チャレンジ・リーグ福島ホープスに入団したことが発表された[20]。福島では主に中継ぎおよび抑えとして20試合に登板し、自責点0で2勝1敗6セーブという成績だった[19]。福島への入団は、NPBで再度プレーすることが目的と述べている[19]

メキシカンリーグ時代

2020年1月10日、リーガ・メヒカーナ・デ・ベイスボル(メキシカンリーグ)アグアスカリエンテス・レイルロードメンと契約した。新型コロナウイルスの感染拡大の影響でメキシカンリーグが開催中止となり、4月22日にリリースされた。

2021年3月15日にアグアスカリエンテスと再契約を結んだ[21]。29試合に登板し、2勝4敗7セーブ、防御率4.40を記録した。

2022年もアグアスカリエンテスで開幕を迎えたが、15試合に登板して0勝4敗、防御率8.24と打ち込まれた。6月1日ににユカタン・ライオンズへトレード移籍[13]。移籍後は29試合に登板して2勝2敗2セーブ、防御率1.44と復調を果たした。

2023年は前年所属したユカタン、古巣のアグアスカリエンテス、モンテレイ・サルタンズの3球団でプレーした[13]

2024年は、41試合に登板して2勝1敗5セーブ、防御率3.35という成績だった。

2025年2月25日にレオン・ブラボーズに移籍した[22]。5月2日に解雇され、翌日にはティフアナ・ブルズに移籍したが、同18日に解雇された[23]

選手としての特徴

救援投手として、スリークォーターから、最速99mph(約159km/h)・平均96mph(約154km/h)の速球フォーシームツーシーム)と、平均88mph(約142km/h)のスライダーを中心に使用し、その他に平均85mph(約137km/h)のチェンジアップも使う[24]

3Aでの通算奪三振率は6.8、与四球率は3.7となっている[24]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2014 STL 100000000----41.000100000000.001.00
2015 COL 200000000----151.080300100111090.0011.00
BAL 800000100.0006613.120360081015117.431.95
'15計 1000000100.0008114.1283900910262113.192.58
2016 PIT 200000000----203.2911004107717.182.73
2017 中日 400000000----254.270202400335.791.93
MLB:3年 1300000100.00010519.037411001320332813.262.53
NPB:1年 400000000----254.270202400335.791.93
  • 2018年度シーズン終了時

独立リーグでの投手成績










































W
H
I
P
2018 福島 202160.66720.179150155020000.001.00
通算:1年 202160.66720.179150155020000.001.00
  • 2018年度シーズン終了時

記録

MLB投手記録
NPB投手記録

背番号

  • 68 (2014年)
  • 62 (2015年 - 同年途中)
  • 57 (2015年途中 - 2016年、2018年 - 2019年)
  • 91 (2017年)

脚注

関連項目

外部リンク

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