マッテオ・ガッビア

From Wikipedia, the free encyclopedia

ラテン文字 Matteo Gabbia
生年月日 (1999-10-21) 1999年10月21日(26歳)
マッテオ・ガッビア
名前
ラテン文字 Matteo Gabbia
基本情報
国籍 イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1999-10-21) 1999年10月21日(26歳)
出身地 ブスト・アルシーツィオ
身長 185cm
体重 78kg
選手情報
在籍チーム イタリアの旗 ACミラン
ポジション DF (CB)
背番号 46
利き足 右足
ユース
イタリアの旗 ミラン
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2017- イタリアの旗 ミラン 93 (4)
2018-2019 イタリアの旗 ルッケーゼ (loan) 29 (1)
2023 スペインの旗 ビジャレアル (loan) 7 (0)
代表歴2
2014-2015  イタリア U-15 3 (0)
2014-2015  イタリア U-16 6 (2)
2015-2016  イタリア U-17 17 (2)
2016-2017  イタリア U-18 4 (4)
2016-2018  イタリア U-19 22 (3)
2018-2019  イタリア U-20 12 (0)
2019-2021  イタリア U-21 7 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2025年5月25日現在。
2. 2025年5月25日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

マッテオ・ガッビアイタリア語: Matteo Gabbia1999年10月21日 - )は、イタリアブスト・アルシーツィオ出身のサッカー選手ACミラン所属。ポジションはDF

クラブ

ACミランのユースチームに所属し、2017年5月7日に行われたセリエAASローマ戦に先立ち、 ヴィンチェンツォ・モンテッラ監督によりトップチームへ初の招集を受けるが、試合への出場はなかった。

2017年8月24日、ヨーロッパリーグ予選のKFシュケンディヤ戦、後半73分にマヌエル・ロカテッリと交代でトップチーム初出場を果たした[1]

2018年8月31日、セリエCASルッケーゼ・リベルタス1905にレンタル移籍した[2]。9月16日、セリエCデビューを果たした[3]。11日後の9月27日に、カッラレーゼとの試合で初ゴールを決めた[4]

2019年6月30日、レンタル期間満了によりACミランへ復帰。2020年1月15日、対S.P.A.L.戦において後半82分、シモン・ケアーと交代によるコッパ・イタリアデビュー[5]。2020年2月17日、トリノ戦において前半44分、負傷したシモン・ケアーと交代、セリエAデビューを果たした[6][7]

2020年2月28日、クラブとの契約を2024年6月30日まで延長した[8]

2022年2月3日、クラブとの契約を2026年6月30日まで延長した[9][10]。10月25日、UEFAチャンピオンズリーグ 2022-23グループステージ第5節ディナモ・ザグレブ戦において前半39分、サンドロ・トナーリのフリーキックをダイビングヘッドでゴールを決める。これがプロキャリア初ゴール記録となる[11]

2023年7月26日、ビジャレアルCFに2024年6月30日までのレンタルで移籍した[12]が、2023-24シーズンにおいて多くの負傷者が続出、特に守備の要となる主力CB達が負傷による長期欠場というミランのチーム事情から、2024年1月3日にビジャレアルCFへのレンタル期間を早期に終了することで合意に達した[13]。2024年2月3日、セリエA第23節フロジノーネ・カルチョ戦アウェイにおいて後半72分、オリヴィエ・ジルーの折り返しを頭で合わせてゴールを決め、セリエA初ゴールをマークした[14][15]

2024年9月23日、セリエA第5節インテル・ミラノ戦アウェイにおいて後半89分、タイアニ・ラインデルスのFKをヘディングで合わせてシュートし勝ち越しゴールを決める。ミラノダービー6連敗中であったミランに久々の勝利をプレゼントした[16][17]。2024年11月28日、クラブとの契約を2029年6月30日まで延長した[18][19]

代表経歴

2014年4月24日に14歳でU-15イタリア代表デビューを果たすと、そのわずか4カ月半後にはU-16同代表に招集された。2015年8月26日U-17同代表、2016年8月11日U-18同代表、同年10月6日U-19同代表、2018年9月6日U-20同代表、2019年9月6日U-21同代表と各年の代表に招集および試合出場を果たし、2024年10月10日UEFAネーションズリーグ2024-25ベルギー戦にてA代表初招集を受けるも試合出場はなかった[20]

プライベート

ガッビアは幼少期からACミランの大ファンで、祖父母に連れられてサン・シーロ・スタジアムへ通っていた。試合前には祖父母宅でいとことともに軽食をとり、バスで試合観戦に向かうという、家族との特別な時間を今も鮮明に覚えていると語っている[22]。 また、初めてプレゼントされたミランのユニフォーム(シェフチェンコの背番号入り)は、他のどんなおもちゃよりも嬉しかったと述懐している[23]

ガッビアは、セリエA初出場の際、祖母に「本当に出場したよ」と伝える場面を今も鮮明に覚えているという。祖母は試合中も緊張して眠れず、その思いを共有したという心温まるエピソードである[24]ACミランからの紹介記事では、「伝説の選手たちの戦う姿をスタンドから見ていた子どもが、ついにそのピッチに立った」と綴られており、地元ミランを愛する者としての夢の実現として描写されている[25]

ガッビアは恋人のフェデリカ(Federica)について、「支え合う存在であり、彼女自身が公証人を目指して勉強している」と公言している。また、もし自分がサッカーを辞めたら彼女は試合を見なくなるかもしれないとも語っており、お互いの未来を尊重し合う関係性が伝わってくる[26]ロックダウン中は、家族や恋人とともに過ごす時間やテレビシリーズを観ることで、心を落ち着けリフレッシュしていたと明かしている[27]。 また、サメや深海への恐怖も彼のユーモラスな“苦手”として語られている[28]

ガッビアは旅先のプーリアで恋人と食事中、ファンに写真を求められ、そこで「ガッビアになった」瞬間を感じたと語る。ファンとの自然な交流に、喜びを感じたという[29]

ガッビアは高校(リツォ・パンターニ)をしっかり卒業したことを誇りに思い、プロ選手としてだけでなく、教育の大切さも重視していると語っている。ロックダウン中には、後輩たちへ向けたビデオ通話を通して「学業の重要性」を伝えたエピソードもある[30]

2022年、セリエA優勝目前の頃、チーム内では「スクデット」という言葉を使うのは縁起が悪いとされていた。その最中、ズラタン・イブラヒモヴィッチからサイン入りユニフォームを受け取ったガッビアだが、そこには「Thank you for the Scudetto. Let’s hope!(スクデットをありがとう。願わくば!)」と書かれていた。これを見たガッビアは「これはまずい」と感じ、ユニフォームをこっそり隠したと後に明かしている[31]

2024年9月のダービーマッチで決勝ゴールを挙げた夜、ガッビアはInstagramでチームメイトへの感謝を投稿した際、それぞれにユニークなニックネームをつけた。例えば、アレッサンドロ・フロレンツィには「模範(The Example)」、ラファエル・レオンには「怪物(The Phenomenon)」、アブラハムには「兄弟(The Brother)」、ストラヒニャ・パヴロヴィッチには「獣(The Animal)」などである[32]

ガッビアは幼少期、祖父母に連れられてサン・シーロでミラン対フィオレンティーナの試合を観戦した際、対戦相手のファンがバスに卵を投げつける出来事に遭遇した。本人はその騒動を「楽しかった」と振り返っており、ユーモラスな記憶として語っている[33][34]

タイトル

個人成績

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI