マーク C 中戦車
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| マーク C 中戦車 | |
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マーク C 中戦車(右側面斜め後方から) | |
| 開発史 | |
| 開発者 | ウィリアム・リグビー |
| 製造業者 | フォスターズ |
| 諸元 | |
| 重量 | 19.5 t[1] |
| 全長 | 7.87 m[1] |
| 全幅 | 2.70 m[1] |
| 全高 | 2.92 m[1] |
| 要員数 | 4名[1]、車長・操縦手・機関員・機関銃手 |
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| 装甲 | 6 - 14 mm[1] |
| 主兵装 | 7.7 mm機銃×5 |
| 副兵装 | - |
| エンジン | リカード6気筒ガソリン |
| 出力重量比 | 7.5 hp/t |
| 懸架・駆動 | 緩衝機構無し |
| 行動距離 | 120 km[1] |
| 速度 | 12.6 km/h[1] |
マーク C 中戦車(マーク C ちゅうせんしゃ、Medium Tank Mark C)とは第一次世界大戦中にイギリスで開発された戦車である。しかし量産化が遅く、実戦投入に間に合うことはなかった。
1917年、ウィリアム・トリットンは、以前に彼の協力者をつとめたウォルター・ゴードン・ウィルソン少佐の参加なしに、ホイペット中戦車を開発していた。このためウィルソンは1917年7月、彼自身の手になる改良型の設計を開始し、これがマーク B 中戦車となった。
トリットンはウィルソンの意図に気づくと、すぐさま自身の主任設計者であるウィリアム・リグビーに対し、ライバルとなる型の設計を指示した。これがマーク C 中戦車である。
1918年4月19日、設計図はイギリス陸軍の承認を得た。試作車輌はトリットンの保有する工場で8月に完成、これはマーク B 中戦車の完成する数週間前だった。
当初200輌の本戦車が発注された。後にこの数は600輌に増やされ、全てがウィリアム・フォスター社と副契約企業のアームレット&ウォートリー社で製造されることとなった。この戦車の俗称は「ホーネット」とされていたが、しかし誰もこれを使用した形跡はない。
説明

表面上、マーク C 中戦車は対抗車であるマーク B 中戦車にかなり似て見える[2]。
この車輌は、マーク I 戦車や後の重戦車に一般的な菱形形状と、車体前方に装甲化された構造物や砲郭とを組み合わせており[3]、5挺の機銃を球形銃架に装備している。ただし、トリットンのマーク C 中戦車はより全長の長い車輌になっていた。
マーク B 中戦車と同様、この車輌は後部に隔離された機関区画を持つ。しかしこの区画は、標準的なエピサイクリック・トランスミッションの後方に、通常の6気筒リカード・エンジンを収納するに十分なほど大きかった。またこの部分は戦闘区画から容易にアクセスできた。より大型化された戦車のエンジンはおよそ13 km/hの高速を発揮した。
全長がより長くなっていることで、本車には優れた超壕能力が与えられた。ガソリンタンクは680リットルの燃料を携行し、行動範囲は230 kmとなった。したがって全体的な機動性はマーク B 中戦車よりも相当良好だった。
リグビーは、この設計において人間工学的な改善に強く配慮していた。車長は特別な回転式の展望塔と小型の地図盤も配備された。11箇所の覘視孔が設けられていた。乗員4名の個人装備用として特別な収納箱が装着された。伝声管が命令伝達を改善するために採用された。操縦手用に走行距離計が備えられていた。
