プジョー 1918 軽戦車
From Wikipedia, the free encyclopedia
| プジョー 1918 軽戦車 | |
|---|---|
| 種類 | 軽戦車 |
| 開発史 | |
| 製造数 | 2(プロトタイプ) |
| 諸元 | |
| 重量 | 8 t |
| 要員数 | 2名(操縦士兼指揮官/砲手) |
|
| |
| 装甲 | 装甲板(リベット接合) |
| 主兵装 | 75 mm 短砲身榴弾砲(ブロカス・シュナイダー)または37 mm SA18 半自動砲 |
| 副兵装 | 8 mm オチキス機関銃(オプション) |
| 懸架・駆動 | スプリング式 |
プジョー 1918 軽戦車(フランス語: Char Peugeot 1918)は、第一次世界大戦末期にフランスの自動車メーカープジョー社が開発した軽戦車である。ルノー FT-17軽戦車の競合機種として設計されたが、量産には至らず、プロトタイプのみで終わった。主な特徴として、回転式砲塔を廃し、主砲を車体前面に直接固定した設計が挙げられる。このため、射界が限定的であるが、構造の簡素化と生産性の向上を図った。
1918年、プジョー社はルノー FT-17の成功を見て、軍需市場への参入を狙った。同社の主任技師であるオミシェン大尉(Captain Omishen)が中心となり、ルノー FT-17を基調とした設計を提案した。主な改良点は、回転砲塔の廃止による簡素化と、サスペンションの強化である。戦時中の大量生産を想定し、信頼性と生産性を重視した。
同年中に2輌の非装甲プロトタイプが組み立てられ、秋に試験が行われた。しかし、ドイツ帝国の敗北が明らかになり、戦争終結が間近に迫ったため、プロジェクトは中止された。ルノー FT-17が既に大量生産されており、市場を独占していたことが主な理由である。プジョー 1918は、戦後の戦車設計に影響を与えることはなかったが、固定主砲式の軽量戦車の先駆けとして歴史的に注目される。
武装
プジョー 1918の最大の特徴は、回転式砲塔を持たず、主砲を車体前面の装甲板にボールマウントで固定した点である。これにより、射界は前方のみに制限されるが、構造が簡素化され、重量軽減と生産性向上が図られた。操縦士は主砲の右側に位置し、視察装置を備えていた。提案された武装のバリエーションは以下の通り:
- 主砲:75 mm 短砲身榴弾砲(ブロカス・シュナイダー式) - 歩兵支援用。
- 代替:37 mm SA18 半自動砲 - ルノー FT-17と同等の対戦車火力。
- 機関銃型:8 mm オチキス機関銃のみ - 偵察・制圧任務向け。
副武装として、追加の機関銃を搭載するオプションも検討されたが、プロトタイプでは主砲固定型が標準であった。