マーティン・ベリー
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実業家
ベリーはシンガポール、韓国でスタンダード・チャータード銀行を勤務していたが[2]、2012年後半に同社を退職しゴンチャ・コリアを設立[3]。2017年に本社を買収して貢茶國際股份有限公司を設立し、会長として海外事業を拡大した[4]。 また、Launcho VenturesとBeMe Wellnessの創設者でもあるという[5][6]。
レーシングドライバー
2017年にフェラーリ・チャレンジ・アジア・パシフィック選手権・トロフェオ・ピレリ・458クラスに出場し、レースデビューを果たす[7]。優勝10回で2戦を残してタイトルを獲得し、フィナーリ・モンディアーリでは2位を獲得[8][9]。
2018年にフェラーリ・チャレンジ・アジア・パシフィックに復帰し、トロフェオ・ピレリ・アマクラスで総合5位に終わり[10]、同年末にHBレーシングから24時間GTシリーズ最終戦(サーキット・オブ・ジ・アメリカズ)に出場し[11]、その後アブソリュート・レーシングからアウディ・R8 LMS カップ最終戦(セパン)出場し[12]、レース1で5位、レース2で8位だった[13][14]。
2019年に拠点をヨーロッパに移し、リナルディ・レーシングからブランパンGTシリーズ耐久カップ・アマクラスに参戦[15]。第3戦(ポール・リカール・サーキット)でクラス3位に入り、アマクラスランキング7位を記録。同年に24時間GTシリーズに復帰し、リナルディ・レーシングから2戦出場[16]。また、カー・コレクション・モータースポーツとトクスポート・WRTからドバイとサーキット・オブ・ジ・アメリカズに出場した[17]。
2020年、オプティマム・モータースポーツからイギリスGT選手権とGTワールドチャレンジ・ヨーロッパ・エンデュランスカップに出場を予定していたが[18][19]、直前になって破談に終わった[20]。

2022年、Grid Motorsportからスーパー耐久・ST-Xクラスに参戦し[21]、デビュー戦となった第2戦(富士24時間レース)でポールポジションを獲得し、決勝で2位表彰台を獲得[22][23]。第3戦(菅生)と第5戦(もてぎ)で優勝を飾り、ST-Xクラスランキング2位を記録[24][25]。
2023年にブリッド・レーシングからアジアン・ル・マン・シリーズに参戦[26]。最高成績は最終戦(ヤス・マリーナ)で記録した13位[27]。その後JMWモータースポーツからヨーロピアン・ル・マン・シリーズ・LMGTEクラスに参戦[28]。開幕戦(バルセロナ)でポールポジションを獲得し、決勝では3位表彰台を獲得[29][30]。その後ポール2回を記録し、総合6位で終えた[31]。
2024年も同シリーズのGT3クラスに参戦し、Grid Motorsport by TFに移籍[32]。第5戦(ムジェロ)で2位とシーズン唯一の表彰台に上り、シーズン終了時に総合7位を記録[33]。同年にブラックソーンからロード・トゥ・ル・マンに参戦し、レース1で10位、レース2で優勝を飾った[34]。
2025年もLMGT3クラスに留まり、アイロン・リンクスへ移籍[35]。ELMSと並行してEBMからGTワールドチャレンジ・アジアに参戦し[36]、クリスチャン・リードに代わってFIA 世界耐久選手権第3戦(スパ6時間レース)より参戦した[37]。
人物
ベリーはゴンチャ・コリアの共同創設者のキム・ヨジンと結婚し[38]、息子のジョシュアは現在レーシングドライバーとして活動し、ブラックアーツ・レーシングチームからフォーミュラ4・東南アジア選手権に参戦している[39]。