ミスワキ
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1980年8月のヤコウレフ賞でデビューし1着。次走のG1モルニ賞は2着だったが、続くサラマンドル賞に優勝し、初重賞制覇をG1競走で果たした。次走はイギリスに渡りデューハーストステークスに出走するがここまで4戦4勝のストームバードの3着に敗れる。
翌1981年は主戦場をアメリカへと移すがおもに一般競走に出走し、重賞を勝つことのないまま年内で引退した。重賞は2歳G1を1つ勝っただけと一流と言うにはやや遠い現役時代だったと言える。だが、ミスワキの真価は種牡馬になってから発揮された。
ヨーロッパでは凱旋門賞優勝馬アーバンシーやイタリアの名馬ミシルを、アメリカではエクリプス賞年度代表馬ブラックタイアフェアーを、日本ではジャパンカップ優勝馬マーベラスクラウンをと世界各地で活躍馬を輩出し続けた。
産駒の特徴としてはミスタープロスペクターの直系としてはめずらしく、芝の中長距離で多くの活躍馬を出したことが挙げられる。また、ブルードメアサイアーとしてはさらに優秀であり、デイラミ、ガリレオ、サイレンススズカ、ダラカニ、シーザスターズなど活躍馬多数。2001年にはイギリス・アイルランドのリーディングブルードメアサイアーに輝いた。