デイラミ

From Wikipedia, the free encyclopedia

デイラミ
品種 サラブレッド
性別
毛色 芦毛
生誕 1994年4月20日
死没 2023年4月5日(29歳没)
Doyoun
Daltawa
生国 アイルランドの旗 アイルランド
生産者 His Highness Aga Khan
馬主 His Highness Aga Khan4世
Godolphin Racing Inc.
調教師 Alain de Royar-Dupre(フランス
Saeed bin Suroor (UAE)
競走成績
生涯成績 21戦11勝
獲得賞金 2,190,000フラン
711,947ポンド
488,750アイルランドポンド
1,430,000ドル
勝ち鞍
G1仏2000ギニー1997年
G1エクリプスS1998年
G1マンノウォーS1998年
G1コロネーションC1999年
G1キングジョージVI&QEDS1999年
G1愛チャンピオンS1999年
G1ブリーダーズCターフ1999年
G2タタソールズGC1998年
G3フォンテーヌブロー賞1997年
Listedヘロド賞1996年
テンプレートを表示

デイラミDaylami1994年4月20日 - 2023年4月5日[1][2])はアイルランド生まれの競走馬である。半弟2003年凱旋門賞ダラカニがいる。

2歳・3歳時代

1996年9月のカスケード賞でデビューし勝利。次走リステッド競走のヘロド賞にも勝ち、G1クリテリウムドサンクルーでは1番人気に支持されるがシャカの2着に敗れる。

1997年はG3フォンテンブロー賞、G1プール・デッセ・デ・プーラン(フランス2000ギニー)を連勝。この後はジョッケクルブ賞(フランスダービー)ではなくマイル路線を進むが、セントジェームズパレスステークスは3着、ジャック・ル・マロワ賞では当時の世界最強マイラースピニングワールドの後塵を拝し2着、ムーラン・ド・ロンシャン賞ではスピニングワールドに加えて中長距離路線から挑戦してきたエリシオにも先着を許す3着と勝ち切れない競馬が続いた。この後馬主がゴドルフィンに代わり、調教師もゴドルフィンお抱えのサイード・ビン・スルールに、主戦騎手もランフランコ・デットーリに代わっている。

古馬時代

1998年は一転して中距離路線を進み、5月のタタソールズゴールドカップ(この当時はG2)に勝利。プリンスオブウェールズステークス(この当時はG2)の3着を挟んでエクリプスステークスに勝利し、中距離でも世界一流の実力であることを証明して見せた。キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークススウェインの前に4着と完敗を喫するが、次走でアメリカへ遠征しマンノウォーステークスに出走。後にブリーダーズカップ・ターフに勝ちエクリプス賞最優秀芝牡馬のタイトルを獲得するバックスボーイを下し優勝を飾った。その後は欧州に戻りチャンピオンステークス3着の後休養に入った。

1999年初戦は生涯唯一のダート戦となるドバイワールドカップに出走したが5着と惨敗。この年からG1に格上げされたタターソールズゴールドカップでは牝馬シーヴァの2着に敗れた[3]。やや低調な出だしとなった1999年だがこの後は充実の一途を辿る。次走コロネーションカップでは2400mの距離を克服し優勝。キングジョージでは5馬身差、アイリッシュチャンピオンステークスでは2着馬に9馬身差を付ける圧勝でG1を3連勝。次走は凱旋門賞に出走するが、不良馬場が合わなかったのかモンジューエルコンドルパサーの激闘を尻目に9着と大敗する。この後は再びアメリカへ遠征しブリーダーズカップ・ターフを2馬身半差で快勝した。この勝利でこの年から設立されたワールドシリーズ・レーシング・チャンピオンシップの初代王者に輝き、さらにカルティエ賞年度代表馬、最優秀古馬、エクリプス賞最優秀芝牡馬と合計4つのタイトルを獲得し引退、種牡馬入りした。

競走成績

出走日競馬場競走名距離着順騎手着差1着(2着)馬
1996年9月19日ロンシャンカスケード賞芝1600m1着G.モッセ1 1/2馬身(Rate Cut)
1996年10月7日エヴリヘロド賞L芝1600m1着G.モッセ2馬身(Bartex)
1996年11月2日サンクルークリテリウムドサンクルーG1芝2000m2着G.モッセ3/4馬身Shaka
1997年4月27日ロンシャンフォンテンブロー賞G3芝1600m1着G.モッセ2馬身(Loup Sauvage)
1997年5月11日ロンシャンプール・デッセ・デ・プーランG1芝1600m1着G.モッセ2馬身(Loup Sauvage)
1997年6月17日アスコットセントジェームズパレスSG1芝8f3着G.モッセ5馬身Starborough
1997年8月17日ドーヴィルジャック・ル・マロワ賞G1芝1600m2着G.モッセ2馬身Spinning World
1997年9月7日ロンシャンムーラン・ド・ロンシャン賞G1芝1600m3着G.モッセ3 1/2馬身Spinning World
1998年5月24日カラタタソールズ金杯G2芝10f1着L.デットーリ(Stage Affair)
1998年6月16日アスコットプリンスオブウェールズSG2芝10f1着L.デットーリ1/2馬身Faithful Son
1998年7月4日サンダウンエクリプスSG1芝10f7y1着L.デットーリ1/2馬身(Faithful Son)
1998年7月25日アスコットKGVI&QESG1芝12f4着M.キネーン3馬身Swain
1998年9月12日ベルモントパークマンノウォーSGI芝11f1着J.ベイリー1 1/4馬身(Buck's Boy)
1998年10月17日ニューマーケットチャンピオンSG1芝10f3着L.デットーリ2馬身Alborada
1999年3月28日ナドアルシバドバイワールドCG1D10f5着J.ヴェラスケス4 1/2馬身Almutawakel
1999年5月23日カラタタソールズ金杯G1芝10f110y2着L.デットーリ2 1/2馬身Shiva
1999年6月4日エプソムコロネーションCG1芝12f10y1着L.デットーリ3/4馬身(Royal Anthem)
1999年7月24日アスコットKGVI&QESG1芝12f1着L.デットーリ5馬身(Nedawi)
1999年9月11日レパーズタウン愛チャンピオンSG1芝10f1着L.デットーリ9馬身(Dazzling Park)
1999年10月3日ロンシャン凱旋門賞G1芝2400m9着L.デットーリ24馬身Montjeu
1999年11月6日ガルフストリームパークBCターフGI芝12f1着L.デットーリ2 1/2馬身(Royal Anthem)

種牡馬

アイルランドのギルタウン・スタッドで種牡馬となり、初年度からアイリッシュダービー等G1を2勝したグレイスワローを出し、順調なスタートを切ったものの、その後が続かなかったために、2006年11月には南アフリカへ輸出されることが発表された。2010年2月にアイルランドに買い戻され、クーラガウンスタッドで種牡馬生活を送ることとなった。南アフリカへの輸出後に、欧州に残した産駒に障害レースでの活躍馬が、多く出てきたことがアイルランド復帰の要因の一つと見られる。

主な産駒

血統表

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI