シャン州

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地域 中東部
面積 155,800 km²
人口 5,595,248人
ရှမ်းပြည်နယ်
シャン州
(MLCTS: yum: pranynai)
州都 タウンジー
地域 中東部
面積 155,800 km²
人口 5,595,248人
民族 シャン族ビルマ族コーカン族ワ族、イギリス系ビルマ人(Anglo-Burmese)、カチン族ダヌ族インダー族パラウン族パオ族タウンヨー族印僑
宗教 仏教キリスト教イスラム教ヒンドゥー教

シャン州(シャンしゅう、シャン語: မိူင်းတႆး/məŋ˥ taj˥/ビルマ語: ရှမ်းပြည်နယ်発音 [ʃáɰ̃ pjìnɛ̀])はミャンマーの行政区画である。北は中国雲南省)、東はラオス(ルアンナムター県ボーケーオ県)、南はタイチエンラーイ県チエンマイ県メーホンソーン県)に接する。シャン州は、14の行政区画の中で面積にして最大であり、ミャンマーの総面積の4分の1に当たる155,800 km2を占める。州の名前はシャン族に由来しており、同州においてシャン族は多数派である。シャン州はほぼ農村地帯であり、ラーショーチャイントン、そして州都のタウンジーを除けば大都市は存在しない[1]。州都タウンジーは首都ネピドーの北東150.7 kmに位置する。

シャン州には多くのエスニックグループが居住しており、シャン州軍 (南)シャン州軍 (北)ワ州連合軍など複数の少数民族武装組織が拠点を置いている。軍事政権はほとんどの組織と停戦協定を締結しているが、サルウィン川以東など広大な地域が中央政府の支配外にあり、近年、中国系住民の経済的、政治的影響を強く受けている。

国連薬物犯罪事務所(UNODC)のデータによると、シャン州はミャンマーで最もアヘンを生産する地域だが、近年生産は減少している[2]

モンタイシャン語: မိူင်းတႆး/məŋ˥ taj˥/)」は、タイ族によるシャン州のエンドニムであり、ミャンマーのタイ族が住むシャン州以外の地域にも使用される用語である。モン(シャン語: မိူင်း/məŋ˥/)はシャン語で「クニ」を意味し、他国の呼称としてもに使用される。例えば、モン・マーン(シャン語: မိူင်းမၢၼ်ႈ/məŋ˥ maːn˧/)はミャンマーを指す[3][要出典]

シャンピー(ビルマ語: ရှမ်းပြည်ビルマ語発音: [ʃáɰ̃ pjì])」は、タイ中部の旧名である「シャム」のビルマ語に由来する。「ピー(ビルマ語: ပြည်ビルマ語発音: [pjì])」は「クニ」を意味するビルマ語であり、シャンピーは「シャンのクニ」と訳することができる。英語では「Shan State」、ビルマ語の文語では「シャンピーネー」と呼称されるが、口語ではしばしばネーが脱落する[要出典]

歴史

前史と伝統的統治

シャン州の地には、紀元前からシャン族が定住し、各地の盆地に「ムアン(Möng)」と呼ばれる小規模な都市国家を形成していた[4]。13世紀から16世紀にかけては、シャン族の政治的影響力がビルマ全土に及び、ピンヤ王朝(1313年 - 1364年)、ザガイン王朝英語版(1315年 - 1364年)、アヴァ王朝(1364年 - 1555年)など、シャン系の指導者による国家がビルマ中央部を支配した[5]

その後、ビルマ族のコンバウン王朝などが台頭すると、シャン州各地のツァオパー英語版(世襲首長)による伝統的な自治体制を維持しつつ、ビルマ王権へ朝貢を行う形式をとった。イギリス植民地時代には「シャン連合州(FSS)」として間接統治が行われ、ツァオパーたちの自治権は維持された[6][7]

独立と連邦制の崩壊

1947年のパンロン協定により、シャン州は「10年後の分離独立権」を条件にビルマ連邦への加入を合意し、1948年に独立した。しかし、ビルマ中央政府との自治権を巡る対立は解消されず、1962年にネ・ウィン将軍の軍事クーデターによって憲法が停止されると、ツァオパーは失脚し、憲法上の権利であった分離独立権も一方的に否定された[8]

黄金の三角地帯とアヘン経済の台頭

1950年代以降、シャン州は世界最大のアヘン密造地帯「黄金の三角地帯」の主要な一部として、複雑な紛争と経済の渦中に置かれた。

1950年、 国共内戦に敗れた中国国民党軍(KMT、泰緬孤軍)の残党がビルマ国境地帯に流入し、アヘン生産を組織化した。KMTはアヘン貿易を資金源として武装を維持し、後の地域軍閥のモデルとなった[9]

1960年代から90年代にかけては、シャン州は複数の武装勢力と軍閥の支配下に置かれた。特に有名なのがクン・サで、彼は自身の軍隊(1985年よりモン・タイ軍〈MTA〉)を率い、バン・ヒン・テク英語版などを拠点に、「シャン族の解放」を掲げつつ、世界中に供給されるヘロインの流通を支配した。また、州東北部には中国の支援を受けたビルマ共産党(CPB)が「解放区」を築いた[10]

停戦交渉と現在の状況

1989年にCPBが崩壊すると、残存勢力のワ州連合軍(UWSA)、ミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)、シャン州東部民族民主同盟軍(NDAA)、カチン新民主軍 (NDA-K) はすぐに軍政と停戦合意を締結した。彼らは領土内の経済活動の自由を認められ、麻薬生産、違法採掘、カジノなどの違法経済を拡大させた[11]

現在のシャン州は多様な民族構成を反映して、州内に1つの自治管区と4つの自治区を抱えている。2021年ミャンマークーデター後も、各武装勢力が勢力拡大を狙って戦闘を繰り広げ、紛争地帯となっている。それに伴い麻薬生産も拡大していると報じられている[12]

シャン州歌

バニャン医師が作曲したシャン州歌(シャン語: ၵႂၢမ်းၸိူဝ်ႉၸၢတ်ႈတႆးIPA: [kwaːm˥ tsə̰˥˩ tsaːt˧ taj˥]Kwam Jue Jaat Tai)は1947年2月11日に正式にシャン州歌として制定された[要出典]

シャン語歌詞: IPA 英語翻訳[13]: 日本語翻訳:
ၶိူဝ်းႁဝ်းၶိူဝ်းရႃႇၸႃႇ

ၸွမ်ပိဝ်သမ်ႉၸၼ်ႇတႃႇ

လိူၼ်ၶမ်းၸဝ်ႈၸၵ်ႉၵျႃႇ

ၸၢတ်ႈႁဝ်းမီးတေႇၸႃႇ

ၽွမ်ႉပဵင်းၸႂ်ဝႃႇၸႃႇ

သူၵဝ်ႁဝ်းပဵၼ်ၽူႈမီးၸႂ်သၸ်ၸႃႇ

/kʰə˥ haw˥ kʰə˥ raː˩ tsaː˩/

/tsɔm˧˥ piw˧˥ sʰa̰m˥˩ tsan˩ taː˩/

/lən˧˥ kʰam˥ tsaw˧ tsa̰k˥˧ kjaː˩/

/tsaːt˧ haw˥ mi˥ te˩ tsaː˩/

/pʰɔ̰m˥˩ peŋ˥ tsaɨ˧˥ waː˩ tsaː˩/

/sʰu˧˥ kaw˧˥ haw˥ pen˧˥ fu˧ mi˥ tsaɨ˧˥ sʰat˧˥ tsaː˩/

The Tai are the race of the King.

The Tai national flag resembles the moon.

The national flag is formed with three seams.

The moon in the universe brings peacefulness.

And lights up in the darkness.

Our nation is courageous.

We are united.

We are truthful, and honest.

我らは王の民族なり

我らの旗は三色を成し、月を戴く

空の月は平和をもたらし、闇を照らす

我が民族は勇敢なり

我らは団結す

我らは誠実にして実直なり

地理

シャン州西部の丘陵地帯

シャン州はミャンマーの東部に位置し、同国の行政区分の中で最大の面積(約155,800 km²)を誇る州である。その広大な領域は、主に「シャン高原英語版」と呼ばれる標高の高い地帯で占められている[14][15][16]。 シャン州の地形の核心をなすシャン高原は、平均標高が約900メートルから1,200メートルに達する広大な隆起地帯である。この高原は、北はヒマラヤ山脈の延長線上に連なり、東はタイやラオスとの国境地帯へと続いている[14][15][16]

インレー湖

高原の景観は一様ではなく、起伏に富んだ山脈、深い峡谷、そしてなだらかな丘陵地が混在している。地質学的には石灰岩が多く見られるカルスト地形が特徴で、州内には多くの鍾乳洞や、石灰岩の露頭が点在する。州内を南北に貫くサルウィン川(タンルウィン川)は、深い峡谷を形成しながら流れ、高原を東西に分断する自然の境界線となっている。また、州内にはミャンマーを代表する景勝地であるインレー湖が存在する。この湖は標高約880メートルの高地に位置する淡水湖であり、周囲を山々に囲まれた独特の生態系と文化を育んでいる[14][15][16]

気候的には、ミャンマーの他地域と比較して、標高の高さゆえに年間を通じて冷涼で過ごしやすい気候(温帯夏雨気候/温暖冬季少雨気候)となっている[14][15][16]

暑季(3月〜5月)は平野部のような酷暑にはならず、避暑地として知られるカロータウンジーなどは非常に快適である。雨季(6月〜10月)は 南西モンスーンの影響で雨が降るが、地形の影響で地域ごとに降水量は異なる。乾季(11月〜2月)は湿度が低く、夜間や早朝には気温が氷点下近くまで下がることもある。この寒暖差が、シャン州特有の豊かな農作物の栽培を可能にしている[14][15][16]

行政区画

シャン州の地図

11県、4自治区、1自治管区を管轄する。

州都タウンジーの所在地。高速5号線英語版が東部のホーポン英語版からバゴー地方域タウングーまで伸びている。ニャウンシェから運河インレー湖に通じている。カローはイギリス植民地時代に避暑地である。
主要都市はモンパン英語版国道45号線の沿線。
ミャンマー鉄道マンダレーからラーショーまで来ている。第二次世界大戦中、ビルマ公路(ラーショー・昆明)が建設された。
ムセ北部を流れるシュウェリ川英語版の橋を北に渡り瑞麗口岸で入国手続きをすれば中国雲南省徳宏タイ族チンポー族自治州瑞麗市へ入国出来る。ムーセーは、第二次大戦中に出来たビルマ公路レド公路の合流地点であった。瑞麗市でG320国道に接続して昆明へ伸びている。中国からミャンマー軍事政権への武器輸出経路である。G320国道は事故が多いことで知られている。ムーセーは高速3号線英語版の終点で、ラーショーを経由してマンダレーに至る。
高速3号線英語版沿線のセンウィー英語版から国道34号線に接続し、ホーパン雲南省臨滄市耿馬タイ族ワ族自治県に入国できるようになる計画(重点国境経済協力区域「耿馬(孟定)国境経済協力区域」)がある。
チャイントン高速4号線英語版の沿線にある。アジアハイウェイ3号線に接続し国境のモンラーから中国雲南省勐海県打洛口岸に入国出来る。
タチレクからサーイ川英語版を南に渡ると、タイ王国チエンラーイ県メーサーイ郡に入国出来る。第二次世界大戦後、麻薬王「クン・サ」が根拠地とした「黄金の三角地帯」はこの一帯を含む。高速4号線英語版が西のマンダレー地方域メイッティーラまで伸びており、ホーポン英語版高速5号線英語版に接続し、バゴー地方域タウングーまで伸びている。メイッティーラで高速1号線英語版と接続しており、ヤンゴンまで伸びている。ケンラプタイ語版: Keng Lap)はClement VismaraRoman Catholic Diocese of Kengtungで知られている。
自治区
  1. ダヌ自治区
  2. パーオ自治区
    1. ホーパン県英語版 2011年9月に新設された県。
  3. パラウン自治区
  4. コーカン自治区 - 漢民族(コーカン族)の集住地区。コーカン族で構成されるミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)と呼ばれる組織が支配地域を形成しており、ケシの栽培問題が発生している。2009年には銃撃戦となったコーカン事件英語版が発生した。
自治管区
  1. ワ自治管区 - ワ州を参照。

隣接行政区画

人口動態

人口

人口推移
人口±%
19733,179,546    
19833,716,841+16.9%
20145,824,432+56.7%
Source: 2014年ミャンマー国勢調査[17]

2024年国勢調査(暫定結果)による人口は559万5,248人である[18]

民族構成

内務省総務局(GAD)の2019年報告では、主な民族構成はシャン族(28.3%)、パオ族(13.4%)、ビルマ族(11.9%)、トーアン族(8.3%)ラフ族(5%)などである[19]。他にインダー族リス族タウンヨー族英語版ダヌ族英語版アカ族カチン族ジンポー族)などがすんでおり、多様な民族構成となっている[20]

渓谷と高原にはシャン族が居住しており、言語と習慣においてタイ族シャム族ラーオ族に似る。シャン族は仏教徒が多く、主に農業に従事している。シャン族居住地の中では、ビルマ族漢族カレン族が居住する。丘陵地帯にはさまざまな民族が住んでおり、特にワ族は北部、中緬国境沿いに多い。パラウン族はシャン州北部、中緬国境沿いのナムカムムセ、ナムパカ、クカイラーショー、シャン州中部のナムサン、チャウッメー、シポーの町に多い。パラウン族の一部は、シャン州南部のカロー郡区にも居住する[要出典]

シポーの家屋

また、リス族はシャン州北部のモンミッ、シポー、チャウメー、ナムサン、ナムパカ、クカイ、ナムトゥ、ラーショー、ホーパン、タンヤンやコーカン地域に多い。また、南シャン州のタウンジー、ペコン、ホーポン、モンポン、ロイレム、ライカ、ナムサン、モンナイ、モンパン、モントンにもリス族が多く居住している。ジンポー族は、シャン州北部の中緬国境沿い、ナムカム、ムセ、ナムパカ、センウィー、クカイチャイントンラーショーに多く居住する。シャン州のジンポー族は20万人以上と推定されている[要出典]

カローのような丘陵地帯やタウンジーには植民地時代からの名残でイギリス系ビルマ人が居住するが、人口が減少している[要出典]

宗教構成

シャン州の宗教 (2015)[21]

  仏教 (81.7%)
  キリスト教 (9.8%)
  部族宗教 (6.6%)
  イスラーム (1.0%)
  その他 (0.5%)
  無宗教 (0.4%)

2014年国勢調査による宗教構成は、仏教(81.7%)、キリスト教(9.8%)、アニミズム(6.6%)、ムスリム(1.0%)、ヒンドゥー教(0.1%)となっている。多様な民族が住むシャン州では、他の地域と比べてアニミズムの割合が高い[22]

また、ミャンマー国家サンガ委員会の2016年の統計によると、シャン州には7万7,513人の僧侶が登録されており、ミャンマーのサンガ会員総数の14.5%を占めている。サンガには沙弥と比丘の両方が含まれる[23]。シャン州にはミャンマー最大の沙弥コミュニティがある[23]

僧侶の大半はトゥダンマ派(97%)に属し、次いでシュエジン派(2.9%)、残りの僧侶は他の小さな派閥に属している[23]。シャン州には3,814人のティラシンが登録されており、これはミャンマーのティラシンコミュニティ全体の6.3%を占めている[23]

経済

シャン州はミャンマーで最大の面積を誇り、その経済は主に農業、鉱業、および近隣諸国(中国、タイ、ラオス)との国境貿易によって支えられている。

農業

農業は州の基幹産業であり、州内総生産(GDP)の大部分を占める[24]

  • 主要作物: 米が主食として広く栽培されるほか、トウモロコシ、豆類、サトウキビが主要な換金作物となっている。
  • 特産品: 高地特有の気候を活かし、ラペッ(お茶の葉)やコーヒー、マンゴー、季節の果物(サクランボやイチゴ)の栽培が盛んである。特に野菜の供給能力は高く、ミャンマー国内の野菜需要の約60%をシャン州が供給している。

鉱業と天然資源

シャン州は鉱物資源の宝庫であり、古くから採掘が行われてきた。

  • 金属鉱石: かつてボードウィン鉱山英語版は、銀、鉛、亜鉛の産地として世界的に知られていた。他にも鉄鉱石、石炭、マンガン、金が産出される[25]
  • 宝石: 宝石の産地としても有名であり、特にモンスー英語版周辺では、1990年代より高品質なルビーやサファイアが採掘されている[26]

違法経済

歴史的に「黄金の三角地帯」の一部を形成しており、アヘンや覚醒剤(メタンフェタミン、ヤバ)などの製造・密輸が経済の影の側面として存在する。これらは、州内の武装勢力や民兵の資金源ともなってきた。

交通

山岳地帯が多い地形的特性から、交通インフラの整備は経済発展と安全保障の両面で重要な課題となっている。

道路

幹線道路が州内を網羅し、近隣諸国や中央政府の支配地域とを結んでいる。

鉄道

マンダレーと北部のラーショーを結ぶ鉄道路線が運行されている。

ゴッティ鉄橋英語版 ナウチョ近くにある巨大なトレッスル橋であり、イギリス植民地時代に建設された歴史的建造物かつ観光名所となっている。2025年8月、タアン民族解放軍(TNLA)が一部を破壊したと報じられた[27]

空港

ヘーホー空港

広大な面積を持つため、都市間の移動や観光には空路が多用される。

  • ヘホ空港英語版:インレー湖への入り口として、観光・物流の最重要拠点である。

国境検問所

中国、タイ、ラオスと国境を接する地理的優越性から、貿易のハブとなっている[28]

  • ムセ:ミャンマー最大の国境貿易拠点であり、対中国貿易のゲートウェイとして機能している。
  • チンシュウェホー英語版
  • チャイントン:2023年10月の1027作戦」により、ムセやチンシュエホーといった、ミャンマーの対中陸上貿易の約9割を担ってきた主要ルートが遮断・停滞された際、国家行政評議会(SAC)は、代替策としてシャン州東部のチャイントンを中心とした新たな物流網の構築を急いでいると報じられた。チャイントンはアジア・ハイウェイ2号線(タチレク→チャイントン→ムセ)、アジア・ハイウェイ3号線(ラオス国境のメコン川流域→ケントゥン→モンラー)が交差する交通の要衝で、中国・タイ・ラオスを東部シャン州経由で結ぶ新たな経済圏の確立を模索しているとされる[29]
  • ケングラッ(Kenglat)」ラオス貿易の拠点[30]
  • タチレク:タイ貿易の拠点。

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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