ライアン・ラドマノビッチ
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| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | アルバータ州カルガリー |
| 生年月日 | 1971年8月9日(53歳) |
| 身長 体重 |
6' 2" =約188 cm 200 lb =約90.7 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 1993年 MLBドラフト14巡目 |
| 初出場 | 1998年4月13日 |
| 最終出場 | 1998年9月27日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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| 国際大会 | |
| 代表チーム |
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| 五輪 | 2004年、2008年 |
| WBC | 2006年 |
この表について
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ライアン・アシュリー・ラドマノビッチ(Ryan Ashley Radmanovich、1971年8月9日 - )は、カナダ・アルバータ州カルガリー出身の元プロ野球選手(外野手)。右投左打。
1993年のMLBドラフト14巡目(全体401位)でミネソタ・ツインズから指名を受けてプロ入り。
1996年にAA級に初昇格。ハードウェア・シティ・ロック・キャッツで125試合に出場し、打率.280、25本塁打、86打点、4盗塁の成績を残した[1]。
1997年にAAA級に初昇格。ソルトレイク・バズで133試合に出場し、打率.264、28本、78打点、11盗塁の成績を残した[1]。
1998年にシアトル・マリナーズに移籍。4月13日のクリーブランド・インディアンス戦でメジャーデビュー[2]。22打数1安打と結果を残せずに5月にマイナーに降格。AAA級タコマ・レイニアーズで110試合に出場して打率.300をマークし、9月に再昇格[2]。再昇格後は打率.298、2本塁打と結果を残した。
1999年以降は再びマイナーリーグでプレー。2000年にサンディエゴ・パドレスに移籍、2001年シーズン中にピッツバーグ・パイレーツに移籍したが、メジャーに復帰することはなかった[3]。
2003年はメキシカンリーグのモンテレイ・サルタンズに入団。41試合に出場し、打率.301、2本塁打、20打点の成績を残した[3]。シーズン途中にアメリカ独立リーグ・アトランティックリーグのサマセット・ペイトリオッツに移籍。ペイトリオッツには2006年まで在籍し、2005年には28本塁打、2006年には27本塁打を放った[3]。
2007年は故郷カナダに本拠地を置くチームであるノーザンリーグのエドモントン・キャピタルズに所属[3]。
2008年にアトランティックリーグのサマセット・ペイトリオッツに復帰[3]。2009年は同リーグのブリッジポート・ブルーフィッシュでプレーし、同年限りで現役を引退した[3][4]。
1999年のパンアメリカン競技大会、2001年のIBAFワールドカップ、2004年のアテネ五輪、2006年の第1回WBC、2008年の北京五輪にカナダ代表として出場している。