マット・ステアーズ

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国籍 カナダの旗 カナダ
生年月日 (1968-02-27) 1968年2月27日(58歳)
身長
体重
5' 9" =約175.3 cm
222 lb =約100.7 kg
マット・ステアーズ
Matt Stairs
ワシントン・ナショナルズ時代
(2011年5月20日)
基本情報
国籍 カナダの旗 カナダ
出身地 ニューブランズウィック州セントジョン
生年月日 (1968-02-27) 1968年2月27日(58歳)
身長
体重
5' 9" =約175.3 cm
222 lb =約100.7 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手一塁手指名打者
プロ入り 1989年 アマチュアFA
初出場 MLB / 1992年5月29日
NPB / 1993年6月15日
最終出場 MLB / 2011年7月22日
NPB / 1993年10月18日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • フィラデルフィア・フィリーズ (2017)
  • サンディエゴ・パドレス (2018)
国際大会
代表チーム カナダの旗 カナダ
WBC 2006年2009年
殿堂表彰者
選出年 2015年

マシュー・ウェイド・ステアーズMatthew Wade Stairs, 1968年2月27日 - )は、カナダ連邦ニューブランズウィック州セントジョン出身の元プロ野球選手外野手)。野球指導者。右投左打。

MLBにおける代打通算本塁打記録保持者(23本)。

プロ入り前

1988年カナダ代表の選手としてソウルオリンピックに出場した。

プロ入りとエクスポズ時代

1989年モントリオール・エクスポズと契約を結んだ。

1992年5月29日のシンシナティ・レッズ戦でメジャーデビュー。

1993年はエクスポズで6試合に出場した。

中日時代

1993年シーズン途中の6月からNPB中日ドラゴンズでプレー。クリーンナップを務めるも1年限りで退団。中日在籍時代は振るわなかったものの、当時の同僚・落合博満は「ステアーズはいずれいいバッターになる」と彼の才能を認めていた。また、ステアーズは逆に、当時の落合や今中慎二などを見て、日本人選手がいずれメジャーで活躍する日が必ず来ると確信を持っていたという。中日時代のある日、雨で試合が中断してしまい、ファンを沸かせようと、泥まみれのベースにヘッドスライディングを決めたこともあった。結局その年限りで中日を退団した。[要出典]

中日では主に外野手であったが、メジャー・マイナーでこの後も一度も守ることのなかった[1][2]三塁手を中日では2試合守っている。しかし、守備機会6で3失策するなど(守備率.500)、惨憺たる結果に終わっている。

レッドソックス時代

その後、エクスポス傘下に復帰したが、1994年の開幕前にボストン・レッドソックストレードされた。この年はAA級ニューブリテン・レッドソックスでシーズンを終えた。

1995年は、AAA級ポータケット・レッドソックスで一定の成績を残してメジャーに再び昇格する。しかし、シーズン終了後に自由契約となった。

アスレチックス時代

その後、オークランド・アスレチックスと契約し、1996年から頭角を現した。

1999年には、38本塁打、102打点を記録した。

2000年に自由契約となった。

カブス時代

2001年は、シカゴ・カブスと契約を結び、前半戦はフレッド・マグリフが加入するまで正一塁手としてプレーした。オフに自由契約となった。

ブルワーズ時代

2001年オフにミルウォーキー・ブルワーズと契約を結んだ。

2002年は、16本塁打こそ記録したものの、打率は.244と低かった。オフに自由契約となった。

パイレーツ時代

2002年オフにピッツバーグ・パイレーツと契約を結んだ。

2003年は、128試合に一塁手と外野手で出場した。打率は、自己ベストの.292を記録し、本塁打は20本放った。オフに自由契約となった。

ロイヤルズ時代

2003年オフに3年契約でカンザスシティ・ロイヤルズと契約を結んだ。

2005年6月2日のニューヨーク・ヤンキース戦の6回、左翼へ本塁打を放ち、コロラド・ロッキーズなどで活躍したラリー・ウォーカーに続き、カナダ人メジャーリーガー史上2人目となる通算200本塁打を達成した。

2006年は開幕前の3月に開催された第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)のカナダ代表に選出された。

レンジャーズ時代

2006年7月31日にテキサス・レンジャーズへトレードされた。

タイガース時代

2006年9月15日にウェイバー公示を経てデトロイト・タイガースへ移籍した。

ブルージェイズ時代

2006年12月7日にトロント・ブルージェイズとマイナー契約を結んだ。

2007年は、第4の外野手として期待されたが、ライル・オーバーベイリード・ジョンソン故障者リスト入りなどで一塁手としての出場が多かった。オフの11月2日に、ブルージェイズと2年契約を結び、契約を延長した。

2008年は開幕時には、左翼手シャノン・スチュワートとのプラトーンで起用された。その後フランク・トーマスが解雇され、ステアーズが指名打者を専任するようになった。8月28日にDFAとなった。

フィリーズ時代

2008年8月30日にトレードで、フィラデルフィア・フィリーズに移籍した。

ロサンゼルス・ドジャースとのリーグチャンピオンシップシリーズ第4戦ではジョナサン・ブロクストンから代打2点本塁打を放ち、注目を浴びた。

2009年は開幕前の3月に開催された第2回WBCカナダ代表に選出された。

パドレス時代

2010年1月23日にサンディエゴ・パドレスとマイナー契約を結んだ。8月21日のブルワーズ戦で通算21本目の代打本塁打を放ち、クリフ・ジョンソンの保持していたメジャー記録を更新。最終的に23本に伸ばした。

ナショナルズ時代

2010年12月14日にワシントン・ナショナルズとマイナー契約を結んだ。

2011年は開幕メジャー入りしたが、8月1日に解雇。3日に現役引退を表明した。最後の安打はやはり代打で登場した7月15日の試合で、代打で通算105本目(歴代16位)であった。メジャーでの通算12球団在籍[3]は当時史上1位(2012年オクタビオ・ドーテルが13で更新)。

引退後

2014年ジェイミー・モイヤーと共にフィリーズの球団専属解説者に就任した[4]

2015年2月4日にコーリー・コスキーカルロス・デルガドフェリペ・アルーボブ・エリオット英語版と共にカナダ野球殿堂に選出された[5]

2016年11月2日にフィリーズの打撃コーチ就任が発表され[6]、1年間務めた。

2017年10月30日にパドレスの打撃コーチ就任が発表され[7]、1年間務めた。

人物

カナダ出身で、カナダのオンタリオ州トロントを本拠地とするトロント・ブルージェイズ、同じくカナダのケベック州モントリオールを本拠地としていたモントリオール・エクスポズ(現・アメリカ合衆国ワシントンD.C.を本拠地とするワシントン・ナショナルズ)の両球団に在籍経験のある人物の一人。他にはショーン・ヒルロブ・デューシーデニス・ブーシェが該当する。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1992 MON 1338302520075000170070.167.316.233.549
1993 6881310042000000011.375.375.500.875
中日 60142132103360657231202701344.250.289.432.721
1995 BOS 39958882371135170111401144.261.298.398.696
1996 OAK 6115813721385110752311011921232.277.367.547.914
1997 13341035262105190272057332145013606.298.386.582.968
1998 1495935238815433126267106831459469313.294.370.511.881
1999 1466235319413726338283102270189621248.258.366.533.899
2000 143562476741082602119781521678411227.227.333.414.747
2001 CHC 1284033404885210171576123135277764.250.358.462.820
2002 MIL 1073152704166150161294120013648507.244.349.478.827
2003 PIT 1213573054989201201715701024535647.292.389.561.950
2004 KC 126496439481172131819866100349259215.267.345.451.796
2005 12746639655109261131766612056045699.275.373.444.817
2006 7726122631591408973200023122525.261.352.429.781
TEX 26888161740330110000611221.210.273.370.643
DET 1444415103021980000300121.244.295.463.758
'06計 1173933484286210131465100024033867.247.328.420.748
2007 TOR 12540535758103281211966421024452667.289.368.549.917
2008 10536832042801111112644110241958710.250.342.394.736
PHI 16191745102125000110030.294.316.7061.022
'08計 12138733746851211313849110342959010.252.341.409.750
2009 991291031520405391700002333300.194.357.379.736
2010 SD 78111991423606471620011120321.232.306.475.781
2011 WSH 5674654101001120000900231.154.257.169.426
MLB:19年 1895602352047701366294132652481899302454071759571122109.262.356.477.833
NPB:1年 60142132103360657231202701344.250.289.432.721

記録

NPB
  • 初出場・初先発出場:1993年6月15日、対横浜ベイスターズ10回戦(横浜スタジアム)、5番・左翼手として先発出場
  • 初安打:1993年6月16日、対横浜ベイスターズ11回戦(横浜スタジアム)、2回表に斎藤隆から
  • 初盗塁:同上、2回表に二盗(投手:斎藤隆、捕手:谷繁元信
  • 初打点:1993年6月25日、対横浜ベイスターズ13回戦(ナゴヤ球場)、2回裏に斎藤隆から
  • 初本塁打:1993年6月27日、対横浜ベイスターズ15回戦(ナゴヤ球場)、8回裏に永野吉成からソロ

背番号

  • 3(1992年)
  • 25(1993年 - 同年途中、2006年途中 - 同年終了)
  • 7(1993年途中 - 同年終了)
  • 35(1995年)
  • 12(1996年 - 2000年、2002年 - 2006年途中、2008年途中 - 2009年、2011年途中 - 同年終了)
  • 30(2001年)
  • 24(2007年 - 2008年途中、2011年 - 同年途中)
  • 16(2010年)
  • 40(2017年)
  • 47(2018年)

代表歴

脚注

関連項目

外部リンク

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