ジェイソン・ベイ

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生年月日 (1978-09-20) 1978年9月20日(46歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
205 lb =約93 kg
ジェイソン・ベイ
Jason Bay
ピッツバーグ・パイレーツでの現役時代
(2013年4月3日)
基本情報
国籍 カナダの旗 カナダ
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
二重国籍[1]
出身地 カナダの旗 カナダ
ブリティッシュコロンビア州トレイル
生年月日 (1978-09-20) 1978年9月20日(46歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
205 lb =約93 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 左翼手
プロ入り 2000年 MLBドラフト22巡目(全体645位)
初出場 2003年5月23日
最終出場 2013年7月26日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム カナダの旗 カナダ
WBC 2006年2009年

ジェイソン・レイモンド・ベイJason Raymond Bay, 1978年9月20日 - )は、カナダ連邦ブリティッシュコロンビア州トレイル出身の元プロ野球選手外野手)。右投右打。

ラリー・ウォーカーの引退後、カナダ人最高の打者と評されるようになった[2]

妹のローレン・ベイソフトボールカナダ代表の投手であり、オリンピックではアテネ北京に出場している[3][4]

プロ入りとエクスポズ傘下時代

2000年MLBドラフト22巡目(全体645位)でモントリオール・エクスポズから指名され[5]、契約を結びプロ入り。

2001年はA級でプレー。

メッツ傘下時代

2002年3月24日にトレードで、ニューヨーク・メッツへ移籍した。

パドレス時代

2002年7月31日に再びトレードで、サンディエゴ・パドレスへ移籍した。

2003年5月23日のアリゾナ・ダイヤモンドバックス戦で「7番・中堅手」で先発出場し、MLB初出場を果たした。しかし、その2日後の5月25日、エルマー・デセンスから死球を受け故障者リスト入りした[6]。7月8日にAAA級ポートランド・ビーバーズで復帰した[6]

パイレーツ時代

2003年8月26日にオリバー・ペレスらと共にブライアン・ジャイルズとのトレードでピッツバーグ・パイレーツへ移籍した。翌8月27日に再びMLBでプレーし、9月19日のシカゴ・カブス戦では4打数3安打、満塁本塁打を放ち、8打点を記録した[7]。これは球団史上ラルフ・カイナー1950年6月25日に8打点を記録して以来の快挙となった[6]。同年オフには、同シーズン終了間際に痛めた右肩の関節唇の手術を受けた。

2004年は故障のため出遅れ5月3日からAAA級ナッシュビル・サウンズで4試合に出場し、打率4割を記録。5月7日にMLBに復帰。6月、7月、9月の計3回ルーキー・オブ・ザ・マンスを受賞した。この年の新人最多の26本塁打を記録し、1938年ジョニー・ヒーゾ1946年ラルフ・カイナーが記録した23本の球団新人最多本塁打記録を更新し[8]1993年アル・マーティンが記録した球団新人最多三振122を更新する129三振を記録した[8]。オフには新人王に選出された。これはカナダ人史上初、そしてパイレーツにとっても初という快挙だった。また、最優秀カナダ人選手に贈られるティップ・オニール賞も初受賞した。

2005年オールスターゲームに初めて選出されたが、出場機会はなかった。最終的に球団史上1982年ジョニー・レイ以来となる全162試合に出場し[9]、打率.306、32本塁打、44二塁打、101打点、110得点、21盗塁を記録し、球団史上初、2005年のMLBで唯一の3割、30本塁打、40二塁打、100打点、100得点、20盗塁を達成した[9]。MVPの投票では12位に入り、シーズン終了後、球団はベイと2006年から4年総額1825万ドルで契約延長した[9][10]。また、2年連続2度目となるティップ・オニール賞も受賞した。

2006年はシーズン開幕前の3月に開催された第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)カナダ代表に選出された。 シーズンでは5月18日から28日にかけて球団史上初めて10試合で10本塁打を記録し[11]、5月の月間MVPに選出された[12]。7月11日77年ぶりに地元、ピッツバーグで開催されたオールスターゲームのファン投票でアルバート・プホルスの3,418,555票に次ぐリーグ2位の2,635,930票を集め、1993年のアンディ・バンスライク以来となるファン投票で選出され[11]、4番ライトで先発出場し3打数1安打を記録した[13]

2007年は右ひざの故障を我慢しながらプレイしたため、打率.247・21本塁打・84打点と低迷[14]。シーズン終了後のウィンター・ミーティングではベイのクリーブランド・インディアンステキサス・レンジャーズへのトレードが噂された。ゼネラルマネージャー(GM)のニール・ハンティントンはインディアンスと交渉があったことを認めたが、実現しなかった[15]

2008年は開幕から6試合までは打率が2割以下だったが、その後打率は上昇。5月24日と25日のカブス戦では球団史上26年ぶりの2試合連続でサヨナラ安打を記録[16]

レッドソックス時代

2008年7月31日にボストン・レッドソックスロサンゼルス・ドジャースそしてパイレーツの3球団による三角トレードが成立し、レッドソックスへ移籍。このトレードでドジャースへ移籍したマニー・ラミレスに代わる正左翼手を務めることになった[17]。移籍後49試合で打率.293・9本塁打・37打点を記録し、パイレーツの成績を含めると2年ぶりにシーズン30本塁打・100打点を達成。打撃ではラミレスに比べて見劣りするが、守備力の違いやトラブルによる悪影響もなく、9月上旬にはベイの活躍を「ジェイソン・ベイは考えられないことをやってのけた。我々にマニーのことを忘れさせたのだ」と新聞で表現された[18]

2009年はシーズン開幕前の3月に開催された第2回WBCカナダ代表に選出された。オフの11月5日にFAとなった[19]。また、4年ぶり3度目となるティップ・オニール賞を受賞した。

メッツ時代

2009年12月29日に4年総額6600万ドルでメッツと契約することに合意した[20]

2012年は打率1割台に低迷した。オフの11月7日にFAとなった[19]。残り1年分の年俸はメッツが全額負担する[21]

マリナーズ時代

2012年12月5日にシアトル・マリナーズへの移籍が決まった[22]

2013年7月29日にDFAとなり[23]、8月6日にFAとなった[24]

2014年3月31日に引退を表明した。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2003 SD 31082210162000010110.250.400.7501.150
PIT 2787791323613401231001800280.291.423.506.929
'03計 3097791525714461431001901290.287.421.529.950
2004 1204724116111624426226824655412101299.282.358.550.908
2005 1627075991101834463233510121107959614212.306.402.559.961
2006 15968957010116329335303109112091029815615.286.396.532.928
2007 145614538781332522122584410859391418.247.327.418.745
2008 10645939372111232222046470055922863.282.375.519.894
BOS 4921118439541229973730032222514.293.370.527.897
'08計 155670577111165354313011011000881441377.286.373.522.895
2009 151638531103142293362851191330494491629.267.384.537.921
2010 NYM 954013484890206614047100044435917.259.347.402.749
2011 1235094445910919112166571111656321098.245.329.374.703
2012 702151942132208582051021900583.165.237.299.536
2013 SEA 6823620630426011812031112612626.204.298.393.691
MLB:11年 127852584505737120024030222216675495177546363856121684.266.360.481.841
  • 各年度の太字はリーグ最高

記録

表彰

背番号

  • 2(2003年 - 同年途中)
  • 38(2003年途中 - 2008年途中)
  • 44(2008年途中 - 2012年)
  • 12(2013年)

脚注

関連項目

外部リンク

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