ラモン・オルティズ

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生年月日 (1973-05-23) 1973年5月23日(51歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
175 lb =約79.4 kg
ラモン・オルティズ
Ramon Ortiz
オリックス・バファローズ時代
(2008年7月30日)
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
出身地 サンチェス・ラミレス州コツイ
生年月日 (1973-05-23) 1973年5月23日(51歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
175 lb =約79.4 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1995年 アマチュア・フリーエージェントとしてカリフォルニア・エンゼルスと契約
初出場 MLB / 1999年8月19日
NPB / 2008年5月2日
最終出場 MLB / 2013年6月2日
NPB / 2008年9月26日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ラモン・ディオヘネス・オルティズRamon Diogenes Ortiz , 1973年5月23日 [1]- )は、ドミニカ共和国出身の元プロ野球選手投手)。

エンゼルス時代

1995年カリフォルニア・エンゼルスと契約を結んだ。

1999年にメジャーデビューした。

2002年には15勝9敗、防御率3.77と活躍。この年のワールドシリーズに出場し、世界一を経験している。

2003年には、キャリアハイの16勝をあげた。

レッズ時代

2004年12月14日にダスティン・モズリーとのトレードシンシナティ・レッズへ移籍した。

2005年オフにFAとなった。

ナショナルズ時代

ワシントン・ナショナルズ時代
(2006年4月11日)

2006年に、ワシントン・ナショナルズと契約を結んだ。9月4日のセントルイス・カージナルス戦では8回終了時点までノーヒットノーランを記録。だが9回の先頭打者アーロン・マイルズ安打を打たれ、ノーヒットノーラン達成はならなかった。オルティズはこの試合で相手投手のホルヘ・ソーサから本塁打を放っており、1962年アール・ウィルソン1971年リック・ワイズに続く史上3人目のノーヒットノーランと本塁打の同一試合達成者になる可能性があった。

ツインズ時代

2007年1月19日にミネソタ・ツインズと1年310万ドルでヨハン・サンタナブーフ・ボンサーに続く先発3番手として契約[2]も結果を残すことが出来ず5月下旬にはブルペン要員に回され[3]。8月15日にはトレードでコロラド・ロッキーズへ移籍し10試合に登板。

オリックス時代

2008年4月1日にオリックス・バファローズと契約。ジェレミー・パウエルの二重契約問題があったため、即日支配下選手として公示された。

初登板となった5月2日の福岡ソフトバンクホークス戦で、5回途中6失点と打ち込まれ、5月17日の千葉ロッテマリーンズ戦では、2回までの6点援護をもらいながら、その裏に7失点KO。このように、初登板からしばらくは調子が上がらなかったが、5月29日の中日ドラゴンズ戦で5回1失点の好投で漸く来日初勝利をあげると、そこから3連勝。以後も先発ローテーション入りを果たした。6月12日の横浜ベイスターズ戦で先発を務めたが、試合前に神戸から大阪へ向かう際に電車を乗り違えるというハプニングを起こした。その後、駅員にレクチャーを受けながらも、1時間30分遅れて何とか京セラドーム大阪に到着した。なお、試合は6回途中1失点の好投で、3勝目をあげている[4]。5回を持たずに降板することが多く、途中二軍降格も味わった。最終的には4勝7敗、防御率5.82に終わり、シーズン終了後に退団。また、チームがクライマックスシリーズ第1ステージでの敗退が決まるやいなや、10月13日に球団に無断で帰国していた[5]

オリックス退団後

2009年2月10日、サンフランシスコ・ジャイアンツとマイナー契約を結んだが、この年はメジャー昇格はなかった。

2010年は当初韓国プロ野球・斗山ベアーズからのオファーがあったが、メジャーリーグで10年目のシーズンを迎えられれば生涯年金を手にすることができるため拒否した。そのためロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングで結果を残し、3年ぶりに開幕メジャー入りを果たした。

2011年4月10日にシカゴ・カブスとマイナー契約を結び、7月5日にメジャーに昇格。

2012年2月15日にサンフランシスコ・ジャイアンツとマイナー契約を結んだが3月26日に解雇され、4月4日にニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結んだ。11月3日にFAとなった。

ブルージェイズ時代

トロント・ブルージェイズ時代
(2013年4月17日)

2012年12月28日にトロント・ブルージェイズとマイナー契約を結んだ[6]

2013年4月15日にAAA級バッファロー・バイソンズに合流した[7]。4月23日にアーロン・ラフィーの枠を空けるためにDFAとなった[8]。その後ウェーバーにかけられたが、25日に再びバッファローへ合流した[9]。5月9日にメジャーに昇格し[10]、5月15日サンフランシスコ・ジャイアンツ戦に先発し、7回6安打1失点と好投し、2年ぶりの勝利を手にした。また先発で7イニング以上投げたのは2007年以来となった[11]。しかし、5月28日にシーズン二度目のDFAを受ける[12]。今回もウェーバーの後、5月31日にバッファローへ合流した。しかし、1日後の6月1日にブランドン・モローがDL入りしたため、メジャーへ昇格[13]。翌2日のサンディエゴ・パドレス戦に先発するも、右肘を痛め3回途中で緊急降板。その後、15日間のDL入りとなった。選手生命の危機かと心配されたが、MRIの結果、靭帯の損傷はなかった[14]。検査後、60日間のDLに変更となり[15]、そのままシーズンを終了した。10月31日にFAとなった。

メキシカンリーグ時代

2014年メキシカンリーグティファナ・ブルズでプレー。

2015年6月4日にキンタナロー・タイガースと契約。12月18日に自由契約となる。オフはドミニカ共和国のウィンターリーグでプレー。

プレースタイル・人物

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
1999 ANA 990002300.40021848.15072502442235356.521.55
2000 18182008600.571472111.196185502737469635.091.36
2001 3232200131100.542916208.22232576612135701141014.361.43
2002 323241215900.625896217.11884068051627397913.771.18
2003 3232100161300.552814180.0209286301294401211045.201.51
2004 34140005700.417543128.0139183844825364634.431.38
2005 CIN 303010091100.450755171.120634511796411101025.361.50
2006 WSH 3333000111600.407871190.223031641418104431271185.571.54
2007 MIN 28100004400.50040091.0112121515442154525.141.40
COL 10000010001.0005913.015470170011117.621.69
'07計 38100005400.556459104.0127162216512165635.451.43
2008 オリックス 17170004700.36437182.0102102007321059535.821.49
2010 LAD 1620001201.33313530.03351620211122216.301.63
2011 CHC 2220001201.33314133.13161120251020184.861.26
2013 TOR 740001200.33311725.1347112181017176.041.78
MLB:12年 3032181012878602.50363371448.11566235500326989545188617964.951.43
NPB:1年 17170004700.36437182.0102102007321059535.821.49

年度別守備成績



投手(P)












1999 ANA 946001.000
2000 18112011.000
2001 32182061.864
2002 3281941.871
2003 32121841.882
2004 3461321.905
2005 CIN 30102872.844
2006 WSH 33122230.919
2007 MIN 2891123.909
COL 1011001.000
'07計 38101223.917
2008 オリックス 1741022.875
2010 LAD 16113001.000
2011 CHC 2226001.000
2013 TOR 73211.833
MLB 303871712911.899
  • 各年度の太字はリーグ最高

記録

NPB

背番号

  • 36 (1999年 - 2002年、2004年 - 2005年)
  • 45 (2003年)
  • 26 (2006年)
  • 44 (2007年)
  • 50 (2008年)
  • 35 (2010年)
  • 32 (2011年)
  • 34 (2013年)

脚注

関連項目

外部リンク

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