アダム・ケネディ

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生年月日 (1976-01-10) 1976年1月10日(49歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
195 lb =約88.5 kg
アダム・ケネディ
Adam Kennedy
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州リバーサイド
生年月日 (1976-01-10) 1976年1月10日(49歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
195 lb =約88.5 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 内野手 (二塁手)
プロ入り 1997年 ドラフト セントルイス・カージナルス1巡目
初出場 1999年8月21日 ニューヨーク・メッツ
最終出場 2012年9月7日 サンフランシスコ・ジャイアンツ
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
獲得メダル
男子 野球
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
パンアメリカン競技大会
1999野球

アダム・ケネディAdam Thomas Kennedy, 1976年1月10日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州リバーサイド出身の元プロ野球選手二塁手)。右投左打。

プロ入りとカージナルス時代

1997年ドラフトでカージナルスから1巡目(全体20位)指名を受けて入団。

1999年7月から8月に開催されたウィニペグパンアメリカン競技大会野球アメリカ合衆国代表に選出された[1]。大会終了後の8月21日にメジャーデビューを果たす。

エンゼルス時代

1999年オフにジム・エドモンズとのトレードで、ケント・ボッテンフィールド投手と共にアナハイム・エンゼルスに移籍。時折長打を放つ意外性の打撃と、堅実な守備でレギュラーに定着した。

2002年は自身初の打率3割(.312)を記録。リーグチャンピオンシップシリーズでは1試合3本塁打を放つなど大活躍を見せ、シリーズMVPを獲得。チームもワールドシリーズを制覇した。

2004年9月の右肘靱帯断裂を機にアッパースイングからレベルスイングに変更。

2005年はヒザの手術の影響もあり、4月は全休となった。復帰した5月は打率.250と低調だったが、6月に今までの出遅れと不振を吹き飛ばすかのように打率.435と打棒爆発。長打力こそ落ちたものの、3年ぶりとなる打率3割を記録した。

2006年は、開幕から正二塁手としてプレー。打率こそ.273と平凡だったものの、得点圏打率.339をマーク。その勝負強さを買われて中軸に座るなど、1 - 9番までの全打順を経験した。7年連続2桁盗塁となる16盗塁を決め、守備に就いた133試合で9失策と安定感を披露。ちなみに、同年8月16日テキサス・レンジャーズ戦で、死球に怒ってマウンドに突進したため、4試合の出場停止処分を受けている。同年オフにFAとなった。

カージナルス復帰

2006年オフに3年契約総額1000万ドルで古巣カージナルスへで8年ぶりに復帰した。

2009年2月9日、カージナルスから解雇されフリーエージェントとなった[2]

レイズ時代

2009年2月16日タンパベイ・レイズとマイナー契約。開幕はAAA級ダーラムで迎えた後、5月8日オークランド・アスレチックスへトレードされ[3]、翌日にメジャー復帰を果たした[4]

ナショナルズ時代

2010年2月12日にワシントン・ナショナルズとマイナー契約。

マリナーズ時代

2011年1月10日にシアトル・マリナーズとマイナー契約。

ドジャース時代

2012年1月10日にロサンゼルス・ドジャースと1年契約を結ぶ。

引退後

2013年引退し、野球アカデミーを開校した[5]

選手としての特徴

ポジションはセカンドで、ショートレフトファーストとしてのプレー経験がある。守備範囲は特に広くはないが堅実である。マイナー時代はショートだった。

デビッド・エクスタインとは2001年 - 2004年にかけてエンゼルスで二遊間コンビを組み、共に2002年の世界一に貢献。2006年にケネディがカージナルスに移籍したことで3年ぶりのコンビ復活となった。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1999 STL 33110102122610114116011230281.255.284.402.686
2000 ANA
LAA
1566415988215933119241722288428537310.266.300.403.703
2001 137532478481292536178401277927311717.270.318.372.690
2002 14450947465148326721352174541917805.312.345.449.795
2003 143510449711211711317949229254549737.269.344.399.743
2004 14453346870130205101904815592417139210.278.351.406.757
2005 12946041649125230215437194532917645.300.354.370.724
2006 1395034515012326641735516103539557215.273.334.384.718
2007 STL 873062792761913811862112263339.219.282.290.572
2008 1153653394295174212636710421414313.280.321.372.692
2009 OAK 129587529651532911121763206534524868.289.348.410.758
2010 WSH 13538934243851613112311421437154410.249.327.327.655
2011 SEA 114409380368923171353882422231673.234.277.355.632
2012 LAD 862011682244812601611452311335.262.345.357.702
通算:14年 1691605554736821488288428021005711796255534014372839108.272.327.384.711
  • 2012年度シーズン終了時
  • ANA(アナハイム・エンゼルス)は、2005年にLAA(ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム)に球団名を変更

背番号

  • 8(1999年)
  • 2(2000年 - 2006年)
  • 7(2007年 - 2008年)
  • 29(2009年)
  • 20(2010年)
  • 4(2011年)
  • 3(2012年)

代表歴

  • 1999年パンアメリカン競技大会野球アメリカ合衆国代表

脚注

関連項目

外部リンク

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