ベンジー・ギル

From Wikipedia, the free encyclopedia

生年月日 (1972-10-06) 1972年10月6日(53歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
210 lb =約95.3 kg
ベンジー・ギル
Benji Gil
ロサンゼルス・エンゼルス コーチ #89
基本情報
国籍 メキシコの旗 メキシコ
出身地 バハ・カリフォルニア州ティフアナ
生年月日 (1972-10-06) 1972年10月6日(53歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
210 lb =約95.3 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 二塁手遊撃手
プロ入り 1991年 MLBドラフト1巡目
初出場 1993年4月5日
最終出場 2003年7月31日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム メキシコの旗 メキシコ
WBC 2006年
獲得メダル
男子 野球
メキシコの旗 メキシコ
パンアメリカン競技大会
2007

ロマール・ベンハミン・ギル・アギラル: Romar Benjamin Gil Aguilar, 1972年10月6日 - )は、メキシコバハ・カリフォルニア州ティフアナ出身の元プロ野球選手内野手)、野球指導者。右投右打。現在は、MLBロサンゼルス・エンゼルスの一塁コーチを務める。

プロ入りとレンジャーズ時代

1991年MLBドラフト1巡目(全体19位)でテキサス・レンジャーズから指名されプロ入り。この年は、傘下のパイオニアリーグのルーキー級ビュート・カッパーキングスでプレーした。

1992年はA級ガストニア・レンジャーズでプレーした。

1993年は開幕をAA級タルサ・ドリラーズで迎えた後、4月5日にメジャーデビューを果たした。

1994年はメジャーに昇格する事はなく、AAA級オクラホマシティ・89ersでプレーした。

1995年アメリカンリーグワースト2位の147三振を記録した。

1996年はメジャーでは5試合の出場にとどまり、マイナーではA+級ポートシャーロット・レンジャーズ英語版とAAA級オクラホマシティでプレーした。

1997年は年間を通してメジャーでプレーした。オフに退団した。

ホワイトソックス傘下時代

1998年シカゴ・ホワイトソックスと契約を結んだがメジャーでの出場は無く、傘下のAAA級カルガリー・キャノンズでプレーした。オフに退団した。

マーリンズ傘下時代

1999年フロリダ・マーリンズ(現:マイアミ・マーリンズ)と契約を結び、前年と同じ傘下のAAA級カルガリー[1]でプレーした。オフに退団した。

エンゼルス時代

2000年アナハイム・エンゼルスと契約を結び、3年振りにメジャーに復帰した。

2001年は年間を通してメジャーでプレーした。

2002年にはワールドシリーズの優勝メンバーとなった。

インディアンス傘下時代

2003年のシーズン途中にクリーブランド・インディアンスへ移籍し、傘下のAAA級バッファロー・バイソンズでプレーした。

カブス傘下〜タイガース傘下時代

2004年シカゴ・カブス傘下のAAA級アイオワ・カブスデトロイト・タイガース傘下のAAA級トレド・マッドヘンズでプレーした。また、プレーする事は無かったが、母国のメキシカンリーグティファナ・ブルズと契約を結んでいた。

ジャッカルズ時代

2005年カナディアン・アメリカン・リーグニュージャージー・ジャッカルズでプレーしていた。

メッツ傘下時代

2005年のシーズン途中にニューヨーク・メッツと契約を結び、傘下のAAA級ノーフォーク・タイズでプレーした。

サルタンズ時代

2006年はメキシカンリーグのモンテレイ・サルタンズでプレーした。また、開幕前に同年から開催される事になったWBCメキシコ代表に選出された。

2007年もモンテレイ・サルタンズでプレーした。オフに退団した。

ドラドス時代

2008年からはチワワ・ドラドス英語版でプレーしている。

2009年もチワワ・ドラドスでプレーした。

2010年もチワワ・ドラドスでプレーした。この年限りでチームは解散となった。

ウォーリアーズ時代

2011年からはオアハカ・ウォーリアーズでプレーした。オフに退団した。

キャッツ時代

2012年ユナイテッドリーグ・ベースボールフォートワース・キャッツと契約を結んだ。1試合に出場して退団した。

引退後

2014年から、メキシコのウィンターリーグであるリーガ・メヒカーナ・デル・パシフィコ(LMP)のトマテロス・デ・クリアカンの監督を務め、2020年まで7シーズン中4回優勝している。

2021年にはこの年からメキシカンリーグに参入したグアダラハラ・マリアッチスの初代監督に就任し[2]、1年間務めた。また、7月には東京オリンピックでのメキシコ代表の監督も務めた。

2022年1月にはロサンゼルス・エンゼルスのコーチへの就任が発表され[3]、後に役職は一塁コーチに決まった。 同年11月15日には第5回ワールド・ベースボール・クラシックメキシコ代表監督に就任した[4]

選手としての特徴

シュアなバッティングと標準以上の走力と守備力を持っていた。

家族

息子のマテオ・ギル英語版は高校在学時の2018年MLBドラフト3巡目(全体95位)でセントルイス・カージナルスから指名され[5]、プロ入りしている。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1993 TEX 22665737000721240500220.123.194.123.316
1995 13045441536912039144462410226011475.219.266.347.613
1996 5750200021011010010.400.500.400.900
1997 110345317357113251033112641701963.224.263.325.587
2000 ANA 1103433012872141610623106523005597.239.317.352.669
2001 104278260337715481243934221400576.296.330.477.807
2002 61139130113781356202122500330.285.307.431.737
2003 6213512512245113495142410335.192.214.272.486
MLB:8年 60417671610158381751232576171242134141021744826.237.283.358.641

表彰

国際大会

背番号

  • 23(1993年 - 同年途中、1995年 - 1997年)
  • 22(1993年途中 - 同年終了)
  • 10(2000年 - 2003年)
  • 89(2022年 - )

代表歴

代表でのコーチ歴

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI