レニー・クラヴィッツ

アメリカのシンガーソングライター (1964 - ) From Wikipedia, the free encyclopedia

レオナード・アルバート・クラヴィッツLeonard Albert Kravitz1964年5月26日 - )は、アメリカ合衆国出身のシンガーソングライターミュージシャン俳優

出生名 レオナード・アルバート・クラヴィッツ
ジャンル
概要 レニー・クラヴィッツ, 基本情報 ...
レニー・クラヴィッツ
2024年
基本情報
出生名 レオナード・アルバート・クラヴィッツ
生誕
ジャンル
職業
担当楽器
活動期間 1989年 -
レーベル
配偶者 リサ・ボネット(1987年 - 1993年)
著名な家族 ゾーイ・クラヴィッツ(娘)
公式サイト www.lennykravitz.com
著名使用楽器
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特定の音楽ジャンルにこだわらないマルチプレイヤー[2]、同国を代表する世界的なギタリストの一人。デビュー当時彼を紹介する時「黒いジョン・レノン」というキャッチコピーがよく使われた。代表曲に「イット・エイント・オーヴァー・ティル・イッツ・オーヴァー」「自由への疾走」「フライ・アウェイ」など。

来歴

1964年、ニューヨークに生まれる。父親は東欧系ユダヤ人の血を引くNBCテレビのプロデューサー、母親はマイアミ出身バハマ系で、後に女優となるロキシー・ローカー (Roxie Roker)。

1974年に母親の仕事の都合で一家はロサンゼルスに移住、その後ビバリーヒルズ高校 (Beverly Hills High School) に入学する(同窓生にはスラッシュマリア・マッキー、そして俳優のニコラス・ケイジがいた)。当時からすでに音楽的才能を発揮していたレニーは、やがてセッションミュージシャンを志すようになり、高校を中退。その後はセッション・ミュージシャンをこなす傍ら、自身のデモテープを制作してレコード会社へ売り込む生活を続けていた。

1989年にアルバム『レット・ラヴ・ルール』でヴァージン・レコードからデビューを果たす。その後、マドンナとの共作「ジャスティファイ・マイ・ラヴ」のプロデュースで注目を集め、1991年に発表した2枚目のアルバム『ママ・セッド』のヒットによってブレイクした。

1992年にはヴァネッサ・パラディのサード・アルバム『ビー・マイ・ベイビー』をプロデュースした。パラディとは交際の噂も立った。

1998年、アルバム『5』を発表。クラヴィッツは同アルバムの収録曲「フライ・アウェイ」でグラミー賞最優秀男性ロック・ヴォーカル・パフォーマンス賞を受賞し、初のグラミー賞受賞を果たした[3]

2009年、映画『プレシャス』に出演して本格的に俳優デビューを果たす。その演技が評価されて、NAACPイメージ・アワードおよびブラック・リール賞英語版で助演男優賞にノミネートされた[4]

その後、クラヴィッツはロードランナー・レコードアトランティック・レコードに移籍して[5]、2011年8月に移籍第一弾のアルバム『ブラック・アンド・ホワイト・アメリカ』を発表した。しかし、ロードランナー/アトランティックとの契約はアルバム1枚で終了し、2014年には自身のレーベル「ロキシー・レコーズ」からの第1弾アルバム『ストラット』を発表した[6]。同年、ケイティ・ペリーのスーパーボウル・ハーフタイムショーにゲスト出演。

2015年、スウェーデンの音楽フェスに出演した際、衣装トラブルによってレニーの男性器が露わになるハプニングに見舞われる[7][8]#衣装トラブルによるハプニング)。

2024年3月12日、ハリウッドの殿堂入りを果たした[9]

音楽性

サングラスを外した素顔(2012年)

幼い頃から音楽好きの両親の下で、音楽に親しむ生活を送ってきた。少年時代に好きだったミュージシャンは、カーティス・メイフィールドジェームス・ブラウンジョン・レノンレッド・ツェッペリンジミ・ヘンドリックスジャクソン5など。

マルチプレイヤーであり、レコーディングにおいて自ら全ての楽器を演奏することもある(「ロックンロール・イズ・デッド」など)。近年の作品では長年のパートナーであるクレイグ・ロスがリードギターを録るケースが多い。多くの楽曲においてリズムギター/ベース/ドラム/コーラスワークに関してはキャリア初期から一貫して本人による録音である。

使用機材

アナログ機材の愛好者である。ヴィンテージに関してはコレクターといえる質と量の機材を所有しており、ステージでも使用することがある。所有ギターはフライングVレスポールのようなギブソン社製のものが中心。

1960〜1970年代の音楽への愛着を強く打ち出していた初期は、楽器、コンソール、テープに至るまで全てアナログ機材を使用してのレコーディングという、当時の流行とは逆行するような拘りを見せていたが、アルバムを発表していくに連れ、次第にPro Toolsを中心としたPCでの編集作業にも力を入れ始めた。現在では、豊富なヴィンテージ機材をデジタルで録音し、編集する折衷したレコーディング形態へと移行している。

人物

ゾーイ・クラヴィッツとのショット(2010年)
  • 2008年4月1日にヴェルヴェット・リヴォルヴァーを脱退したスコット・ウェイランドストーン・テンプル・パイロッツのボーカル)に替わり、新ボーカリストの候補に挙がっていたが、「メンバーとは友好的な関係だが、加入は出来ない」と明確に否定している。
  • 2002年に「LENNY WORLD TOUR」、2008年に「LOVE REVOLUTION JAPAN TOUR」、2015年に「STRUT Japan Tour 2015[10]」 の一環で来日する予定だったが、いずれも体調不良で延期、中止になっている。

衣装トラブルによるハプニング

2015年8月3日、スウェーデンストックホルムの音楽フェスティバルに出演した際、演奏中に勢いよく屈んだレニーのレザーパンツが破れて男性器が丸出しになるハプニングがあった[7][11][12]。この時、レニーは下着を全く身に着けていなかったため、何千もの観客の前で自身のペニスを晒してしまうこととなった[8]。その後は素早くズボンを替えてステージを続けた[13]。ペニスが丸出しになった時の様子はソーシャルメディアなどでも拡散された[12]

ディスコグラフィ

レニー(2024年)

スタジオ・アルバム

フジテレビ系列で深夜に放送されていた音楽番組BEAT UK』では、UKシングルチャートNo.1を獲得

コンピレーション・アルバム

フィルモグラフィ

日本公演

日本でのタイアップ

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関連項目

脚注

外部リンク

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