三枝の爆笑美女対談
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| 三枝の爆笑美女対談 | |
|---|---|
| ジャンル | トーク番組 |
| 構成 | 尼子成夫 |
| 司会者 | 桂三枝 |
| 音楽 | 広瀬健次郎、浦田博信 |
| 国・地域 |
|
| 言語 | 日本語 |
| 話数 | 全359回 |
| 製作 | |
| プロデューサー | 奥野巌 |
| 製作 | 関西テレビ放送 |
| 放送 | |
| 放送局 | フジテレビ系列 |
| 映像形式 | 4:3 |
| 音声形式 | モノラル |
| 放送期間 | 1980年3月20日 - 1987年3月29日 |
| 放送分 | 30分 |
| 木曜日時代 | |
| 放送期間 | 1980年3月20日 - 1983年9月 |
| 放送時間 | 木曜 22:00 - 22:30 |
| 日曜日時代 | |
| 放送期間 | 1983年10月2日 - 1987年3月29日 |
| 放送時間 | 日曜 22:30 - 23:00 |
『三枝の爆笑美女対談』(さんしのばくしょうびじょたいだん)は、フジテレビ系列局で放送されていた関西テレビ製作のトーク番組である。関西テレビとフジテレビでは1980年3月20日から1987年3月29日まで放送。
司会の桂三枝(後の6代目桂文枝)が毎回女性ゲストの仕事や趣味、恋愛の噂や私生活などについてインタビューしていた番組[1]。三枝はオープニングで「窓辺のマーガレット、桂三枝です」と挨拶していた。番組のラストではゲストと「ドンケツゲーム」(後期では「ぐらぐらゲーム」)を行い、これに三枝が勝てばゲストは三枝にキスをしなくてはならなかった。場合によってはキスをしてもらわないといけなかったり、勝った方が負けた相手にする場合もあった。(後者は、ゲストが淡谷のり子の時など)[2]。
番組はその後、視聴率の低調に喘いだのに触れた三枝が司会降板を要請したこと[3]、そして番組が放送されていた日曜22:30枠が1987年4月から大日本除虫菊(KINCHO)一社提供枠になることから、KINCHOの競合企業である中外製薬の殺虫剤「バルサン」(ライオンを経て、現在はレックに販売承継)のCMに出演していた三枝を継続出演するわけにいかないと番組スタッフが判断したことにより[3]、3月29日放送分をもって7年間の歴史に幕を閉じた。なお、最終回(ゲスト:大原麗子)のエンディングでは収録後のマスコミ撮影と、当時の関西テレビ社長から三枝に感謝状が贈られる記念パーティーの模様が流れた。
放送時間
いずれも日本標準時。
スタッフ
- 構成:尼子成夫
- 音楽:広瀬健次郎、浦田博信
- 技術:小川智敬、小林康郎、津浦宏
- カメラ:矢野高由
- 照明:清水久雄
- 音声:山尾市彦、京極博顕、近藤孝雄
- VTR:西岡和広、筒井哲也、中野葉子
- 効果:永江淳志
- 美術:岡本猛(kac)
- デザイン:萩原英伸
- フラワーデザイン:斉藤博美
- タイトル:永見孝義
- ディレクター:籏啓祝、長嶋一郎、小川誠、大平雄司
- プロデューサー:奥野巌
- 制作協力:フジテレビ(東京収録の回のみ)
- 制作著作:関西テレビ放送