三枝の爆笑夫婦
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| 三枝の爆笑夫婦 | |
|---|---|
| ジャンル | トーク番組・クイズ番組 |
| 企画 | 斉藤寿孝 (IVSテレビ) |
| 演出 | 望月政道 ほか |
| 出演者 |
桂三枝 (現・6代目桂文枝) ほか |
| 製作 | |
| 製作総指揮 | 一丸周也 (制作) |
| プロデューサー |
北村光雄、吉田勲明 牛丸謙壱、宮崎敏夫 |
| 制作 | IVSテレビ制作 (制作協力) |
| 製作 | 日本テレビ (製作著作) |
| 放送 | |
| 音声形式 | モノラル放送 |
| 放送国・地域 | |
| 放送期間 | 1980年9月29日 - 1985年9月27日 |
| 放送時間 | 月曜 - 金曜 13:30 - 13:55 |
| 放送分 | 25分 |
『三枝の爆笑夫婦』(さんしのばくしょうふうふ)は、日本テレビ系列局(一部を除く)ほかで放送されていた日本テレビ製作のトーク番組・クイズ番組である。製作局の日本テレビでは1980年9月29日から1985年9月27日まで、毎週月曜 - 金曜 13:30 - 13:55 (日本標準時)に放送。
桂三枝(現・6代目桂文枝)が司会を務めていた平日昼の帯番組で、有名人夫婦をゲストに招いてのトークと、視聴者夫婦がペアで参加するクイズによって構成されていた。クイズ番組的な要素も持ち合わせていたものの、あくまでもトークを重視していた。オープニングでのセリフは「夫婦の機微をクイズで探る爆笑夫婦」。
有名人夫婦とのトークにおいては、オープニングでまず夫人のみが登場し、三枝と軽くトークをした後に彼女が夫を愛称で呼び、トークに参加させた。三枝の巧みな問いかけによって、夫婦の珍談・奇談など世間には公表されていないエピソードを引き出していき、夫婦の素顔がさらけ出されていく爆笑トークを展開していた。三枝はこの番組について「昼のスター千一夜(フジテレビ)を目指していた」と語っていた。さらに三枝は自ら番組の構成にも関わっており、エンディングのスタッフロールテロップにも三枝が名を連ねていた。視聴者夫婦参加のクイズの問題も三枝自らが作成していたため、クイズコーナーは三枝と解答者の知恵比べとなっていた。しかし、問題のカードに正解は一切書かれていなかった。正解確認の際にはゲスト夫婦に聞いていた。
1982年当時は部屋のセットの中に人形の絵が掛けて飾られていたが、これは当時絵の世界でも有名だったという日本テレビ社員の人が描いたものであったという[1]。
クイズのルール
有名人夫婦にまつわるエピソードを中心に4問を出題。1問目が2択、2問目が3択、3・4問目は4択問題となり、徐々に難しくなっていった。このクイズには毎回一般視聴者の夫婦が3組出場し(不定期で芸能人ゲストによる大会もあった)、3問正解でトップ賞の賞品が贈られた。3問目まで無傷で正解し続けた夫婦に限り、4問目の前にトップ賞の贈呈が行われた。ただし、全チームが2問以下で、一番得点が多くてもトップ賞にはならず、全チーム失格。その際、トップ賞の賞品は視聴者プレゼントになった。パーフェクトを達成すると、天井から大量の紙吹雪が降り(風船、紙テープは無かったが、後に朝日放送の『パネルクイズ アタック25』の途中から現在のように紙吹雪を降らせる演出から、背後のランプが点灯する演出に改められた)、海外旅行(ハワイ(航空会社は不明)→コンチネンタル・ミクロネシア航空で行くグアム・サイパン)が贈呈された。もちろん、トップ賞の賞品もダブルで獲得できた(アシスタントの女性の声で1問目の出題の前に「パーフェクト賞」、「トップ賞」の紹介がある)。
クイズ出題は三枝自身が読み上げる方式で、面白い択一が出るたびに客席から笑いが起こっていた。