上原茂行
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京都西高では、高校2年次に選抜と夏の甲子園に出場。3年夏は府大会準決勝で松岡正樹捕手が4番の平安高に惜敗。
龍谷大学では同期・正津英志(その後中日)、大島寛(その後西武)とバッテリーを組んで4年の大学選手権ではベスト8。1学年下には当初投手であった益田大介もいた。
その後、社会人野球・一光に入社するが1年限りで母校・龍谷大でコーチとなる。社会人時代は高橋郁雄、大学コーチ時代は河端龍、本郷宏樹がいて後にプロでも同僚となる。
1997年、ヤクルトに二軍チームスタッフとしてプロ野球選手経験なく入団(プロ野球経験なしにチームスタッフになるのはとても珍しいケースである)。その後、二軍バッテリーコーチ補佐を経て、二軍バッテリーコーチを務め、2007年で退団した。
2011年より、神戸国際大学硬式野球部監督。2012年に退任。
2013年より、東北楽天ゴールデンイーグルス犬鷲寮の寮長兼二軍ブルペン捕手。2015年1月30日に学生野球資格を回復し[1]、2017年より再び、龍谷大コーチとなる。
2018年はベースボール・チャレンジ・リーグ(ルートインBCリーグ)の富山GRNサンダーバーズでコーチを務め(同年2月6日に学生野球資格を喪失[1])、シーズン終了後に退任した[2]。
2019年より、東北楽天ゴールデンイーグルスにバッテリーコーチとしての入閣が濃厚と一部で報じられるも[3]、実際にはスコアラーとして契約した[4]。
2024年12月4日、富山GRNサンダーバーズ(所属リーグは日本海リーグに変更)の監督に就任することが発表された[2]。富山には7年ぶりの復帰となる[2]。就任初年度の2025年はリーグ優勝(前期・後期を連覇して決定)を達成した[5]。シーズン終了後の12月9日に退任が発表された[6]。