中切町 (名古屋市)
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中切町 | |
|---|---|
| 北緯35度12分53.4秒 東経136度54分29.6秒 / 北緯35.214833度 東経136.908222度 | |
| 国 |
|
| 都道府県 |
|
| 市町村 |
|
| 区 | 北区 |
| 町名制定 | 1937年 |
| 面積 | |
| • 合計 | 0.443954337 km2 |
| 人口 (2019年(平成31年)1月1日現在)[WEB 2] | |
| • 合計 | 2,981人 |
| • 密度 | 6,700人/km2 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
462-0051[WEB 3] |
| 市外局番 | 052 (名古屋MA)[WEB 4] |
| ナンバープレート | 名古屋 |
中切町(なかぎりちょう)は、愛知県名古屋市北区の町名。中切町1丁目から中切町6丁目と7つの小字[WEB 5]。住居表示未実施[WEB 6]。
字一覧
歴史
中世まで春部郡安食荘の一部で、1143年(康治2年)付『尾張国安食荘立券文』によれば、当地付近は「安食里」と称されていたらしい[1]。
町名の由来
江戸期の春日井郡中切村を前身とする。かつては庄内川と矢田川の流路に挟まれた安食三郷の一つで、三郷の中間にあったことからこの名で呼ばれるようになったという[2]。同じ春日井郡内に同名の中切という地名(春日井市中切町)が存在したため、当地を「福徳中切」「下中切」と呼んで区別していた。
行政区画の変遷
- 1868年(明治初年) - 春日井郡中切村を下中切村と改称[3]。
- 1880年(明治13年)2月5日 - 西春日井郡成立に伴い、同郡下中切村となる。
- 1889年(明治22年)10月1日 - 町村制施行・合併に伴い、川中村大字下中切となる[3]。
- 1933年(昭和8年)4月1日 - 合併に伴い、萩野村大字下中切となる[3]。
- 1937年(昭和12年)3月1日 - 合併に伴い、名古屋市西区中切町となる[3]。
- 1944年(昭和19年)2月11日 - 北区成立に伴い、北区中切町となる[3]。
- 1962年(昭和37年)11月10日 - 福徳町・成願寺町との間で境界変更[3][4]。
- 1978年(昭和53年)11月26日 - 一部が成願寺一丁目・川中町となる[3][4]。
世帯数と人口
学区
市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[WEB 12]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[WEB 13]。
| 番・番地等 | 小学校 | 中学校 | 高等学校 |
|---|---|---|---|
| 全域 | 名古屋市立川中小学校 | 名古屋市立志賀中学校 | 尾張学区 |
交通
施設
- 川中保育園
- 曹洞宗乗円寺
- 山号は白馬山[5]。名古屋市永安寺の末寺[5]。本尊は釈迦如来[5]。創建年代未詳[5]。開基は乗圓なる僧で、萬里虎關和尚が開山したとされる[5]。創建当初は天台宗大長山乗圓寺として、観世音菩薩・阿弥陀如来・薬師如来を祀っていたが、慶長年間に至り、永安寺二世興國東順により再興され、曹洞宗に改宗した[5]。再興されるまでは常観寺の一堂であり、道場とされていた[6]。また、宝暦13年には山号を白馬山へと改めた[5]。
- 神明社
- 天神社
- 法華宗陣門流日観寺
- 山号は晴雲山[8]。本尊は法華題目木塔[8]。宝永6年、阿部肥後守正寛により尾張国丹羽郡瀬部村字河原に建てられた寺院をルーツとする[8]。これは以後尾張藩士であった阿部氏の菩提寺となったが、いつしか廃寺となっていた[8]。1880年(明治13年)8月19日にこれを西春日井郡下中切村字石原に移した[8]。
- 天理教本順愛文教会
- 神道天心教森講社
- 愛知県営川中住宅
- 中部電力パワーグリッド中切町変電所
- ZENT名古屋北店
- 鯱第一交通本社
- 神明社
- 天神社
- 県営川中住宅
- 中部電力中切町変電所
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