辻町 (名古屋市)
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字一覧
名古屋市北区中央部に位置する。西は安井・金田町・長喜町、南は新堀町・辻本通、北は安井町・成願寺町・守山区川西に接する。また、辻本通を挟み南に飛び地(字流)が所在し、東は上飯田西町、南は織部町・瑠璃光町・真畔町に接しており、地内には集合住宅と愛知県衛生研究所が所在している。町域はおおむね住宅地で、大野町・長喜町との境界には愛知県営辻町住宅が所在している。また、かつては大隈鐵工所・興和紡績の工場があったが撤退し、それぞれ中日新聞印刷辻町工場とアピタ名古屋北店となっている。
辻町の小字は以下の通り[WEB 4][2]。消滅した字については背景色 で示す。
| 字 | 字 |
|---|---|
| 池ノ内(いけのうち) | 亥新田(いしんでん) |
| 戌新田(いぬしんでん) | 柿ノ木(かきのき) |
| 川田(かわた) | 北出(きたで) |
| 黒増(くろそ) | 古新田(こしんでん) |
| 郷中(ごうなか) | 下通り(しもどおり) |
| 下道(しもみち)[注釈 1] | 新堀(しんほり)[注釈 2] |
| 新明(しんめい)[注釈 3] | 砂田(すなた) |
| 高師(たかし)[注釈 4] | 辻浦(つじうら) |
| 流(ながれ) | 西辻栄(にしつじさかえ)[注釈 5] |
| 日進(にっしん)[注釈 6] | 子新田(ねしんでん) |
| 白山(はくさん)[注釈 7] | 東辻󠄀栄(ひがしつじさかえ)[注釈 8] |
| 向砂田(むかいすなだ)[注釈 9] | 薬師(やくし)[注釈 10] |
| 薬師浦(やくしうら) | 薬師堂(やくしどう) |
河川
歴史
町名の由来
江戸期の春日井郡辻村を前身とする。辻という地名について、『尾張志』や『尾張国地名考』は羊神社の「羊」が「火辻」の表記に転じ、さらに火の字を避けて「辻」としたという古伝を記している[3]。羊神社は江戸期まで「神明」と称した神社で、『延喜式神名帳』の尾張国山田郡「羊神社」に比定されている。
「辻」という地名の史料上の初出は戦国期で、1583年(天正11年)11月7日付『織田信雄朱印状』に春日井郡の郷名として「つじ」の名が見られる[1]。
行政区画の変遷
- 1880年(明治13年)2月5日 - 西春日井郡成立に伴い、春日井郡辻村が西春日井郡辻村となる[1]。
- 1889年(明治22年)10月1日 - 西春日井郡萩野村大字辻となる[1]。
- 1937年(昭和12年)3月1日 - 名古屋市西区辻町となる[1]。
- 1937年(昭和12年)10月 - 字流を以て東区辻町が成立する[1]。
- 1937年(昭和12年)11月1日 - 西区辻町の一部が境界変更を以下の通りに行った[4]。
- 1939年(昭和14年)4月1日 - 字が以下の通り変更となった[4]。
- 字向砂田・砂田・郷中の各一部により字神明を編成。
- 字砂田・向砂田の各一部により字東辻栄を編成。
- 1944年(昭和19年) - 東区辻町を西区辻町が合併する[1]。
- 1949年(昭和24年)7月1日 - 以下の通りの異動が実施された[4]。
- 1978年(昭和53年)11月26日 - 字薬師浦の一部が安井三・四丁目の一部となる[1][7]。
世帯数と人口
学区
市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[WEB 6]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[WEB 7]。
| 丁目・字 | 番・番地等 | 小学校 | 中学校 | 高等学校 |
|---|---|---|---|---|
| 辻町1〜9丁目 | 全域 | 名古屋市立辻小学校 | 名古屋市立北陵中学校 | 尾張学区 |
| 辻町字古新田 | 全域 | |||
| 辻町字薬師浦 | 全域 | |||
| 辻町字流 | 全域 | 名古屋市立名北小学校 | 名古屋市立若葉中学校 |
交通
施設
1丁目
- オークマ(当時は大隈鐵工所)の旧本社工場の跡地に愛知県が整備した集合住宅[新聞 1]。1976年(昭和51年)秋、大隈鐵工所側が本社および本社工場移転後の11万4800平方メートルの売却を県に持ちかけ、1万5000平方メートルをまず売却[新聞 1]。同年11月、約5万平方メートルを工場移転に合わせて3段階で県が購入するという覚書を両者で結んだ[新聞 1]。残りの土地は名古屋市が買収し、小中学校用地として確保することとなった[新聞 1]。約1000戸規模の「名北団地」として整備することを1978年(昭和53年)4月に発表し、1980年(昭和55年)春から1983年(昭和58年)度に掛けて段階的に供用開始する予定としていたが、1979年(昭和54年)3月に大隈鐵工所が本社全面移転を撤回したため、同地に予定されていた中学校計画が白紙に戻された[新聞 1]。
- 辻町公園
- 街区公園[8]。都市計画公園としては1980年(昭和55年)9月22日告示、面積は0.65ヘクタール[8]。1983年(昭和58年)開園[9]。1984年(昭和59年)3月31日を都市公園法による設置日としている[9]。
2丁目
- 名古屋トヨペット辻町店
- 岡山県貨物名古屋北営業所
- 中日新聞印刷辻町北工場・中日高速オフセット印刷辻町南工場
4丁目
- 真宗大谷派徳風山有隣寺
- 辻町4丁目5に所在。現在の住職は節談説教使の一人である祖父江佳乃。祖父は祖父江省念で、省念は関山和夫により「日本仏教伝統の節談説教を現代に継承する正統説教者」として評価された人物であり、1970年代にあったという永六輔・小沢昭一らによる節談説教再評価のきっかけになった人物でもあるという[WEB 11][10]。
5丁目
- 辻の由来となったといわれる式内社。
- 曹洞宗如法山修善寺
- 辻町5丁目30(旧字郷中462[11])に所在。(文安3年)11月13日浅井右近源善良により建立、霊梅笑山和尚による開山と伝える[11]。 元禄年間に熱田田中町から移転してきたという[1]。また、本尊の薬師如来は815年(弘仁6年)3月空海による一刀三体のものという[11]。
9丁目
- アピタ名古屋北店
- 辻コミュニティセンター
字古新田
- 名古屋市上下水道局三階橋ポンプ場
- 黒川樋門
字流
- 愛知県衛生研究所(字流)
- 手前が黒川樋門・奥が三階橋ポンプ所
旧跡
その他
参考文献
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会編『角川日本地名大辞典 23 愛知県』角川書店、1989年。ISBN 4-04-001230-5。
- 名古屋市北区役所市民室『北区 私たちのまち』名古屋市北区役所、1979年。
- 西春日井郡編『西春日井郡誌』西春日井郡、1923年。
- 名古屋市・名古屋市みどりの協会共編『名古屋の公園100年のあゆみ 資料編』名古屋市、2013年。
