中山晶量

From Wikipedia, the free encyclopedia

国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1999-02-08) 1999年2月8日(26歳)
身長
体重
188 cm
90 kg
中山 晶量
堺シュライクス #11
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 徳島県徳島市
生年月日 (1999-02-08) 1999年2月8日(26歳)
身長
体重
188 cm
90 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り NPB / 2022年 育成選手ドラフト2位
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

中山 晶量(なかやま てるかず、1999年2月8日 - )は、徳島県徳島市出身のプロ野球選手投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。2026年より、関西独立リーグ(さわかみ関西独立リーグ)の堺シュライクスに所属。

プロ入り前

徳島文理小3年時から野球を始める。生光学園中学時代には硬式野球部に入部していた[1]

鳴門高等学校に進学。1年夏から甲子園出場を果たし、3年連続甲子園出場を経験した。本来の投手だけではなく外野手としても出場し、3年夏の3回戦・盛岡大学附属高等学校との試合では2点本塁打を放ち、8強進出に大きく貢献した。同級生のエースには2019年NPBドラフト会議で日本ハムからドラフト1位指名された河野竜生(後にプロでチームメイトとなる)がいた[1][2]

明治大学に進学すると再び投手に専念[2]。しかし、同大学の1学年上には森下暢仁伊勢大夢、同級生には入江大生と好投手が揃う中で、度重なる故障にも悩まされ、東京六大学野球リーグでは、大学4年間で6イニング、1勝と目立った活躍をすることはできなかった[2][3]プロ志望届を大学野球連盟に提出するが、ドラフトではどの球団からも指名されずに指名漏れとなった[2]。その後、プロ野球独立リーグに属する四国アイランドリーグplus徳島インディゴソックスに入団。

四国IL・徳島時代

2021年は、肩の故障などがあり本来の投球ができずにいたものの、積極起用された[1]。1年目のシーズンは14試合(2先発)に登板し、1完投1勝1敗、防御率4.10とまずまずの成績を残した。オフはプロに入ったつもりで必死に鍛え直したという[1]

2022年は、開幕投手に抜擢され、シーズン通して先発、中継ぎでフル回転した。シーズン成績は、22試合(9先発)に登板し、4勝4敗、防御率2.73と好成績を残した[1]。シーズン終了後、2022年NPBドラフト会議北海道日本ハムファイターズから育成選手ドラフト2位で指名され入団した。契約金は300万円、年俸は260万円で背番号は126[4]。四国IL・徳島から日本ハムに指名されたのは2009年荒張裕司以来となる[1][5]。11月26日に行われた新入団選手発表会では「早期に支配下登録選手になり、一軍でプレーできるよう頑張ります。」と目標を語った[6][7]

日本ハム時代

2023年1月22日 ファイターズ鎌ケ谷スタジアム

2023年イースタン・リーグで13試合に登板。0勝1敗1セーブ、14.2イニングを投げて防御率3.68を記録した[8]

2024年はイースタン・リーグで20試合に登板し、6勝2敗、34.0投球回で防御率3.18を記録し[9]、救援登板時の防御率は1点台だった[10]

2025年はイースタン・リーグ19試合に登板し、2勝1敗、43.0イニングで防御率1.88を記録した[11]。10月28日、球団から戦力外通告が発表された[12]。現役続行を希望し、海外でのプレーも視野に入ると語っていた[13]

KDL・堺時代

11月5日、くふうハヤテベンチャーズ静岡のトライアウト2次試験に参加した[14]。同月12日には日本プロ野球選手会主催の12球団合同トライアウトに参加し[15]、打者3人に対して与死球1、無安打の内容だった[16]

12月10日、関西独立リーグ(さわかみ関西独立リーグ)の堺シュライクスが、特別合格選手として入団することを発表した[17]

選手としての特徴

188cmの長身から投げ下ろす直球の最速は150km/hで、即戦力右腕として期待される。他にもフォークとカーブを投げている[1]。特にフォークは140km/hを記録し、千賀滉大佐々木朗希級の1000回転を切るくらいの物を投げている[18][19]。元々、大学時代に縦スライダーを投げていたが、四国IL・徳島に入団してから使い始めたという。本人はスライダーの感覚で投げていると話していた[18][19]。遠投110メートル[1]

人物

小学校5年生ごろまでは母親の意向で多くの習い事をしており、水泳テニスヴァイオリン器械体操を行い、絵画教室にも通っていた[20]。また、母胎にいる頃から「七田式教育」という右脳開発教育を受けており、そのため、小さい頃の記憶が鮮明であるという[20]

中学時代は『ムシキング』や『恐竜キング』の影響で、化石に興味を持っていた[20]

祖父は清掃会社を経営し、大学野球経験者の父はその会社の専務を務める。その会社の本社1階ガレージには、少年時代に作られた中山専用の練習スペースがあり、バッティングマシーンや専用のトレーニング器具がある。実家暮らしだった徳島時代までは家族のサポートを手厚く受け、祖父は中山の野球にかかる様々な費用をサポートし、祖母と母は食事や中山の体調管理を徹底していた[21]

詳細情報

NPB年度別打撃成績

  • 一軍公式戦出場なし

独立リーグでの年度別投手成績[22]





















































W
H
I
P
2021 徳島 1421001102.50011626.12717-3225013124.101.29
2022 2290004437.50027369.145114-4675024212.730.85
通算:2年 36111005539.50038995.272221-78910037333.411.07
  • 2022年度シーズン終了時

背番号

  • 11(2021年 - 2022年、2026年 - )
  • 126(2023年[4] - 2025年)

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI