藤田大清
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| 北海道日本ハムファイターズ #125 | |
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2023年1月22日ファイターズ鎌ヶ谷スタジアムにて | |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 出身地 | 東京都練馬区 |
| 生年月日 | 2004年8月23日(21歳) |
| 身長 体重 |
187 cm 84 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 2022年 育成ドラフト1位 |
| 年俸 | 260万円(2025年)[1] |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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藤田 大清(ふじた たいせい、2004年8月23日 - )は、東京都練馬区出身[2]のプロ野球選手(外野手・育成選手)。右投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。
プロ入り前
小学4年生から練馬区立関町北小学校を拠点とするエ-ス関北少年野球倶楽部で軟式野球を始める。中学では中野リトルシニアでプレー。東東京選抜(日台国際親善野球試合)にも参加[3]。
強豪校の花咲徳栄高等学校に進学。2年秋に右翼手のレギュラーに定着し、主に3番打者として公式戦出場。3年次の春季県大会の東京農業大学第三高等学校戦で満塁本塁打を放ち、チームの勝利に貢献した[4][5]。夏の初戦だった武蔵越生高等学校戦では僅差の試合であったところ、3番で4打数3安打の猛打賞を記録し、6-4で勝利に大きく貢献した[6]。同大会は6試合で26打数12安打で、打率.462[5]を残すも、チームは準決勝で敗退。3年間での甲子園出場はなかった[2]。2学年先輩に井上朋也、1学年先輩に味谷大誠、2学年後輩に石塚祐惺と上原堆我がいた。
その後、プロ志望届を提出し、2022年NPBドラフト会議で北海道日本ハムファイターズから育成ドラフト1位で指名された。また、同校出身の藤井がドラフトされたことで、高校史上初の8年連続ドラフト輩出となった[7][8][9]。契約金300万円、年俸260万円、背番号「125」で契約した[10]。
日本ハム時代
2023年は高校時代から抱えていた腰痛に苦しんだ。本人曰くケガは高2の冬から患っており、高校時代は痛み止めの注射を打ち、無理に試合に出場していたという。1年目は腰の状態を見ながら、体づくりや技術練習に取り組み、試合出場までには至らなかった[11]。
2024年2月20日に実戦デビューを果たした[11]。イースタン・リーグには41試合に出場して打率.185、7打点という成績であった[12]。2025年に育成選手契約3年を満了し自由契約となったが、その後再契約している。
人物
ニックネームは「タイボー」[13]。父は「やまびこ打線」で知られる徳島県の池田高等学校出身で、91年夏に主将として甲子園に出場し、ベスト16に進んだ実績を持つ[2]。その父の影響で野球を始めたという[13]。また、高校卒業時に入団した日本ハムには同校出身の野村佑希がおり、指名挨拶時には弟子入りを志願した[14][15]。日本ハムの新入団選手発表会では、「ファイターズ日本一に貢献できる選手、ファンの方々から愛される選手になりたい。」を目標にし、支配下登録でチーム不動の3番打者になりたいことを希望した[16][17]。趣味はサッカー。プロ野球選手になっていなかったらサッカー選手になっていたと語っている[13]。
選手としての特徴
詳細情報
背番号
- 125(2023年[10] - )