中村喜和
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- 出生から修学期
1932年、長野県埴科郡埴生村(現千曲市)で生まれた[1]。1944年、旧制屋代中学(現長野県屋代高等学校)に入学するが、病気のため1947年より休学し、翌1948年に退学。1951年、大学入学資格検定試験に合格し、1953年に一橋大学経済学部に入学。1955年には、同大学社会学部に転部した。1957年、一橋大学社会学部を卒業し、同大学大学院社会学研究科に進んだ。1962年、博士課程を修了。
- 大学卒業後
1962年より日本貿易振興会調査部に勤務。1964年、日本貿易振興会を退職し、東京大学および一橋大学非常勤講師として教鞭をとり始めた。1965年、東京大学教養学部専任講師に就いた。同年、亀井高孝らと共にソビエト連邦を訪問し、大黒屋光太夫に関する事績を1か月間調査。
1968年、一橋大学社会学部助教授に転じた。1970年から1年間、モスクワ大学モスクワ国立大学予備学部にあった外国人ロシア語教師のための国際ゼミナールへ留学。1974年、一橋大学教授に昇格。1973年、竹内啓一や渡辺金一らと共に一橋大学地中海研究会を創設。1995年、一橋大学を定年退官し、同大名誉教授となった。
その後は、1995年から2002年まで共立女子大学国際文化学部教授を務めた。ロシア科学アカデミー外国人会員。
- 常勤以外の講師ほか
上記以外の様々な大学で講師を務めている
- 東京大学文学部非常勤講師(1973年~1990年)
- 東京教育大学文学部非常勤講師(1973年~1974年)
- 東京大教養学部非常勤講師(1978年~1980年)
- (現・北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター)研究員(1979年~1993年)
- 北海道大学スラブ研究センター運営委員会委員(1990年~1993年)
- 国立民族学博物館共同研究員(1992年~1995年)
- 早稲田大学第一文学部
- 岡山大学法文学部
- 富山大学人文学部
- 朝日カルチャーセンター
- 新潟大学人文学部
- 天理大学外国語学部
受賞・栄典
- 1990年:大佛次郎賞。
- 1998年:ロモノーソフ金メダル受賞。